【有り得ないとは何なのか】
満月に近い月が煌々と輝く真夜中、日中は何かと賑やかな囚人たちもすっかり眠りについていた。
その中で宛がわれた牢の中にあるベッドに横になりながら彼は深くため息を吐いていた。
「有り得ねえよなあ……マジで」
「よお」
「!? うわあびっくりしたああ!!何でここにいんだよ!?」
自分しかいないはずの牢の中に突然自分以外の声がした。
驚いて振り返ればそこにはここに収監されている囚人たちのリーダーが、何処から手に入れたのか分からない酒の入ったボトルを片手に壁に寄り掛かっていた。
「あー?ちょっとした暇潰しだ」
自身の牢から出てくる事をまるで近所を散歩してくるかのようにしてのけるこの男は、この監獄における異常の最たるものだと思っている。
「で?何が有り得ないって?」
「え?」
男から唐突に質問され、彼は思わず聞き返した。
「何か言ってたろ。有り得ねえよなとか何とか」
いつから居たのか知らないがどうやら聞かれていたのは確からしい。ああ、と合点した声を漏らすと答え始めた。
「有り得ないってのは此処の事だよ。来てからそれなりに経ったが訳の分からない、有り得ない奴らばっかじゃねえか」
「ほおー。例えば何だ?」
彼の言葉に興味を持ったらしい男は、楽しげな表情を浮かべて酒を呷りながら続きを促した。
「例えばも何も、ここにいる連中の能力だよ。テレパシーだの空間移動だの……不老不死の奴がいたってここじゃ可笑しくないんだろうがなあ、そんなのはSFで使い古されてるネタだ」
「……んなもんありゃしねえな」
彼の言葉を聞き、表情を真顔に戻した男はボトルから口を離して指先の腹で口をぬぐいながら言った。
「そうだろ?」
「違え。有り得ないっつう事が有り得ねえんだよ」
「は?」
同意されたものだと思っていたら逆に否定されていた事を知り、彼の眼鏡の奥にある瞳が動揺の色を見せた。
その様子を見てニヤリと口端をあげた男は説くような口ぶりで言葉を続けた。
「不老不死は有り得ねえつったな。だが残念ながら俺はもうずっと、少なくともここに入った頃にはもう既にこの顔と身体で変わった事つったら髪が伸びたくらいだ」
死んだ事がねえから不死かどうかは知らねえけどな、クツクツと笑いながらそう言うとまた一口酒を呷った。
「……」
酒の入ったボトルを揺らしながら言う男の言葉を、彼は黙って聞いていた。
――それだけじゃねえ。テレパシー、あれは俺だけじゃねえ。αだって使える代物だ。
空間移動については俺が今ここにいるのが証明だ。俺だけじゃねえ。レティスだって、ありゃすり抜けだが似たようなもんだ。普通の人間にゃあ出来ねえ。実際にお前が使えねえみたいにな。
「さてブルーナよお、お前が有り得ねえって言ったモノ全部出来る奴がお前の目の前に存在する。それでもお前は有り得ないって言うか?」
月明りが雲に隠れて2人のいる空間が薄暗くなる中、男は真っ赤に燃える鋭い視線を彼に突き刺した。
返答に迷ってるように見えた彼の表情を映すと同時に雲が晴れ、また再び月明りが差し込んだ。
よりはっきりと困惑した顔を見受けるとまたクツクツと笑いながら男は立ち上がった。
「まあ世界なんざこんなもんだって事だ。さてと、邪魔したな」
彼の額を指で軽く突きながら、男は音もなく消えた。正しくは自身の牢に戻ったのである。
一人きりである事を確認すると詰めた息を深く吐いた。
「それが有り得ねえっつうんだよ……」
ぼやいた言葉すらもあの男には聞こえてるかどうか、それを考える事はしなかった。
有り得ないって何なんだろうねっていうお話。
お借りしました。
ブルーナさん@墓場ピカリナさん