【 svānta- 】
山を下り、一帯の様子を探ってみる事にしたヨギは相棒の背に乗り空路を辿っていた。
北の方を見れば、先程よりは少なくなっているが未だチラホラとこの島に向かってくる影が見える。
「ドウシテコンナ事二…」
「ま、これも一つの因果応報ってヤツなんだろうな」
相棒の口から漏れた不安の言葉を聞くと、諦観したような口振りでそれに返答した。
「…イッシュノ事?」
「まあな。──シッカー、待て。声がする」
相棒の言葉に相槌を打った直後、聞こえてきた声にピクリと反応する。
肉声ではなく、霊魂の類が発する声だ。
指示した方角に軌道を変えたシッカーがゆっくりと降下していくと、徐々に声は複数となり厚みを増して大きくなっていく。
その声達の中心に一人の青年が立っているのが見えた。
周囲にはこの辺りを縄張りにしている一族の者や原生の生き物達が赤黒い血溜まりに横たわったまま動かない。
青年の持つ槍の穂先から滴り落ちる赤黒いそれもまた、一滴一滴が溜まりに波紋を生んでいた。
それを見て、ヨギは自分の頭の中が冷めていくのが分かった。彼自身、狩りもすれば命を懸けた戦いは見るのもするのも好きだ。
しかし、この様な殺しは見ていて気持ちの良い物ではなかった。ましてや他国民からの仕打ちとなれば尚更だ。
相棒から降り、溜まりの中心に立つ青年の背に声を掛ける。
「何やってんだお前」
「何、ただの蹂躙だ」
ヨギの声で振り返った青年の表情は、「狂気」という言葉がよく似合っていた。
「戦場で一般の民が巻き込まれるという話はよくあることだろう?
恐怖、憤怒、戦慄、敵意、殺意……実に様々で“美しい”ものを見せてもらった」
穂先のそれを払う事もせず、クツクツと笑いながら悦の色を混ぜて朗々と語ったその発言に抱いた呆れのような嫌悪のようなこの感情を、腹の中でどう昇華すべきか迷った。
それと同時に一つ、直感的に理解した事もある。
「へえ、随分イイ趣味してんだな兄さん。"声"の聞きすぎでどっかトんだクチか?」
より確信にさせる為も兼ねた挑発の中で、青年が「声」という単語にピクリとした事をヨギは見逃さなかった。やはりそうだ。
「……聞こえる側か?――いや、バケモノである此方には関係ないことか」
ブツブツと呟く彼は自分と似たような力を持っているらしい。
何処まで近いのかは分からないが、ある程度の聞く力が少なからずあるという事なのだろう。それならば出会い頭のあの表情や発言にも理解がいく。
ヨギの言葉を否定するように頭を振りながら、青年はその手に持つ槍の穂先をこちらに向けてきた。
「美も醜も平等に存在すると理解しただけだ」
「お前の美的感覚なんざ興味無えが、そういうのは自分ちで楽しめや兄さん」
いつ踏み込まれても良いようにゆったりと構えの姿勢を取り、言葉を返す。
ヨギの言葉に何かを思い返すように遠い目線を見せたかと思うと、ジリジリと間合いを取り始めてきた。
「……楽しむ“家”なぞ、何処にもないよ」
それを言うと、地面を蹴り一気に穂先を急所めがけて突き出してくる。
真っ直ぐに向かってくるそれをスルリと避けて流し、片足で槍の柄を蹴りあげて相手のバランスを崩させる。
「少なくとも、此処じゃ無い事だけは違いねえだろ」
体勢を立て直した青年は再び槍を振り翳し、突き上げてくる。
それを往なし、払いの代わりに拳を振るえば柄で防がれ、再び突きがやってくる。
その応酬は、互いの体力は大した削り合いにはならないが時間の消費にはなっていた。
「ああ、それなりに楽しませて貰った」
「悪いが殺しについては先約があるのでな」
何度か攻防を繰り返している内に青年が満足したような表情で口を開く。
後退するように踏み込んで間合いを開けた青年は言うが早いか、影の槍筋が飛ばしてきた。
「ヨギ、退ガッテ!」
側にいたシッカーが前に踊り出で、橙の羽根を羽ばたかせて熱風を巻き起こした。
その影の槍筋と熱風がぶつかり、互いの威力を相殺し合う事で生じた煙の幕が濛々と立ち込める。
だが、その幕が晴れた時、青年の姿は無かった。気配を探ってみるも既に距離は開けられていた。
しかしわざわざ深追いする程の理由がヨギには無かった。
「…だーから殺すなっつうの」
一人と一体、そして複数の屍体が転がるこの場に、やれやれという溜息だけが小さく響いた。
・svānta-:感情
・人の感情が分かる者同士。
・違いがあるとしたらそれの生かし方かなと。
◎お借りしました:ガイストさん(@小慶美さん)