【 prakRti 】
陽が傾き始め、空には橙や紫が混ざり始めた頃──送り火山の山肌は、そこに集まる魂や精霊の纏う光で彩られ始める。
日中に手合わせで負った傷を癒すため、ヨギは寝床に戻っていた。
「ヨギ!ヨギ!外ノヒト、ドンナヒト?強イヒト?」
傷は癒えたとはいえ残っている疲労を解消させるべく横になっていると、シッカーの息子、キータが話し掛けてきた。
まだ小さく、戦闘の場に出せないと今回も寝床で留守番させている。
「あー?……まあお前じゃ全然勝てないのばっかだぜ?」
「エー!ボクモ戦イタイヨー!」
闘志だけは一人前な彼の纏う毛をモフモフと弄りながら談笑していると、彼の母──相棒のシッカーが入ってきた。
「ヨギ、トージョウノ者ガ山ノ近クマデ来テル」
***
相棒の哨戒報告を聞き、相棒がトージョウ民の見かけたという所にまで行ってみると確かに居た。
若竹のような色合いが印象的なその青年は、武器こそ持ってはいたが戦闘意欲に溢れた風ではなかった。
寧ろ、彼の心中を満たしているのは戸惑い、迷い、そして恐れのように見えた。
周囲に潜む気配を感じない所から、単独で此処まで来た事が推測出来る。
もしかしたら慣れないこのジャングルで、道に迷ってしまったのかもしれない。
それならば青年の疲れ切った表情も納得である。
「随分と行き詰まった顔してるな兄ちゃん。迷子にでもなったか?」
同郷の者に話し掛けるような明るさで話し掛けた。ひとまずは事情を聞いてみる事にしよう。
殺気も闘志も出ていない相手に警戒しても仕方なく、かと言って見過ごすのも決まりが悪い。
「迷子、ですか。そうかもしれませんね」
ヨギの言葉に少し考えるような間を開けて、青年は答えた。
今日出会ったトージョウ民の中には、ヨギの姿を見ただけで刀を振り回してくる輩も少なからず居たのだから随分と穏やかなほうである。
気になる所があるとすれば、少々歯切れの悪さくらいか。
「兄さん、随分複雑な迷い方をしてるみてえだな?」
青年の瞳が確信を突かれたように揺らいだのを、ヨギは見逃さなかった。
「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。少し話していけよ」
言葉を促すように語りかけながら、近くの岩に腰を掛ける。
「……後悔している事があるのです」
ヨギに倣って手近の切り株に腰を掛けた青年は、胸中に抱えていた思いをポツリポツリと語り始めた。
自らの素性、役目、そして己が実力不足と後悔の念と不安と恐怖――それらを青年は、一つ一つゆっくりと吐露していった。
「……すみません、見ず知らずの異国の身であるのに、こんな事をを聞かせてしまって。
ですが分からないのです。私は、それでももう一度彼女にお仕えして守りたい。
どうすれば、どう謝ればいいのいいのか・・・未だに分からないのです。捨てられるのが、怖い」
「成る程ねえ…また随分と思い詰めてるようで」
青年の言葉が終わるまで、ジッと黙って聞いていたヨギが口を開いた。
彼は今の役目を誇りとしているのだろう。だからこそ、彼の胸中には不安と恐怖が生まれているのだろう。
ヨギはフーっと深く呼吸を一つすると、青年に向かい言葉を投げかけはじめた。
「見放されたって言うけどよ、そのお嬢さんはお前を一度でも責めたのか?何故もっとしっかり守らなかったってよ。
それが無いって言うならちょっとばかし兄さんの早合点が過ぎるってもんさ」
「お嬢さんが一人で行くって言ったのは、もしかしたらお嬢さんは強くなろうとしてんのかもな。
守られるだけのお嬢様から、兄さんと隣で戦えるくらいによ―― 子供の成長を見守るのも大人の役目だぜ?」
ヨギの言葉に、青年の表情が変わったように見えた。ここまでくればもう一押しである。
「謝罪よりも、お前の思った事全部を話した方がいいんじゃねえの?」
「……そうですね、そういう方法も、あるんですね」
先程のヨギと同じように、全てを聞き終えた青年の言葉には諒解をした物を感じ取れた。
「そうしてみます。ありがとうございます」
ゆっくりと立ち上がり、夕陽に照らされた彼の表情は心持ちが軽くなったように見える。
「なあに、お役に立てて何よりさ」
それから少し会話を交わした後、来た道を戻っていく青年の背を見送る。
彼が教えた通りの道筋を辿れば、陽が沈みきる前に比較的安全な地帯へ出られるだろう。
もうすぐ空には月が出て、夜を迎える。そうなれば獣たちが本能のままに蠢く夜に。
青年が狩られてしまわぬよう、祈るばかりである。
・darśana:見解、説
・本日の悩める相談者はトージョウからお越しの柊翠さんです。
・夜道には気を付けてねって感じで見送ってます。送り届けはしてないけれど。
◎お借りしました:柊翠さん(@ひわさん)