あんころもち

【 palāi 】



「あークッソォ…腕戻んねえな」
黒髪の男と別れ、歩き回っている内にISH本部の中へと侵入に成功したまでは良かった。
しかし男の電撃によってやられた左腕は未だに痺れたままで、動きはするが戦闘となると少々不便がある状態にあった。
「にしても、此処どの辺だ?」
奥に向かっているようにも思えるのだが、無機質な壁と天井に囲まれた景色がこうも続いては自分の現在地すら怪しいものだ。
手近の壁をコツリと叩くと、扉が開いて中から白く円柱型の機械が出てきた。
これまで見かけてきた機械たちよりもシンプルな見た目のそれはヨギに気付くと赤いガラス玉をクルクルと動かして話し始めた。
「対象を確認。データベースに記憶がありません。対象をゲストとして認識。お客様サポートを始めます」
「はあ?」
「お客様、何かお困りですか?」
機械の言っている意味が分からず思わず聞き返したが、少なくとも敵対心が無い事は分かった。しかも、何か困っている事は無いかと聞かれる始末である。
「まあ、ちっとばかし腕が痺れてる事と道が分かんねえ事くらいかな?」
「それではメディカルルームへご案内いたします。此方へどうぞ」
思い浮かんだ事をそのまま答えるとその機械はヨギの前をスルスルと進み始めた。
案内してくれると言うなら儲け物だと、ヨギも大人しく自分の先を行くその機体の後ろを付いていく。

あの部屋は何、この部屋は何だと案内を聞きながら進んでいく内、その機械はある一室へと入っていった。
その部屋もこれまで覗いてきた部屋と同様、板と棒が鉄の塊に刺さっているばかりの殺風景で色の無い部屋だった。
とはいえ、興味が無い訳でもなく適当な枝を掴んで上下左右に動かしてみたり、何かしら喋り出さないかと板をコツコツと叩いてみるが特に反応は無い。
しかも力加減が悪かったのか弄った棒は折れ、叩いた板には罅が入る始末である。
「そこのお前。何をしている」
折った枝で肩をトントンと叩いていると、後ろから声を掛けられる。振り返ったその先に立っていたのは精悍な顔立ちの青年だった。
深く考えずとも彼がIsh民なのは間違いなく、その眼差しは見るからに異国民である自分を警戒しているのがよく分かった。
「あー、悪い。何か割ったわ」
本気で悪びれた風でもない声色にならないのは、ヨギの中では軽く触れた程度だけで別に壊すつもりでもなかったから。
しかしそんな事情は相手からすれば知った事ではなく、青年の目に怒りと苛立ちの色が見え始めた。
「貴様…それ以上イッシュの機械に触るのは私が許さないぞ…」
「んな事言ってもよお、こっちだってちょっと軽く触っただけで――あっ」
触るなと言う青年に反論しながら手近な棒を掴むとバキッという派手な音が鳴ったその瞬間、ヒッと息を呑む青年の声が聞こえる。
掴んだその棒は本来あるべき場所からヨギの手中へと収まっていたのだ。これで何本目かは数えていないが、どうやらまた折ってしまったらしい。
「いやこれはマジで悪かったわ。戻しとくな」
戻すと言いはしたが、元々刺さっていた場所など見ていないため戻しようがない。ひとまず適当な穴に差し込むとまた金属の拉げた音と青年の声が上がった。
「貴様…いい加減にしろ!」
遂に青年の堪忍袋の緒が切れたようで、ヨギに向かって一気に飛び掛かってくる。
「何だよ意外に熱いみてえだなあ?」
体勢を反らし、片足を軸に身体をクルリクルリと動かし、時には右腕でガードしながら青年の猛攻をいなす。
和順な者と相対する事も嫌いではないが、戦闘意欲の高い者と対峙するのは心地が良い。自分が手を出さずともだ。
(もっとだ、もっと来い、もっと来い――)
そんな事を考えているばかりに不意に見せてしまった隙を狙い、青年の拳が目の前に現れた。
「やっべ!」
顔面に食らうのはマズイと後方に仰け反ったその時、あの機械に手が触れた。
しめたとばかりに機械の上部を掴んで盾にする。青年の拳が直撃した機体はその部分を中心に大きく歪み、ピコピコと喋っていた声が低く唸り始めた。
その機体を床に放ると同時に青年との間合いを取り、構えを取りながら今後を思案し始める。
左腕が自由に使えない以上、あまり状況が長引かせるのは賢明ではない。となれば手段は一つ、逃げるに限る。
「よし、じゃあお前。達者で暮らせよ、な!」
ガーガーと音を立てる白の機械を担ぎ上げ、そのまま天井にめがけて思い切り投げ飛ばす。すると大きな音と共に、上階が見える程の見事な大穴が開いた。
それを確認すると憤慨する青年に向かって一気に駆け込み、上段を狙って飛び上がる。
「くっ…!?」
頭部をガードするために交差させた青年の両腕に与えられた衝撃は蹴りによる物ではなく、踏み込みの衝撃。
青年が狙い通りに腕を組んでくれたお陰で上手く飛び移る事が出来たのは運が良かった。穴の淵に右手を掛け、そのまま勢いに任せてグルリと身体を上へと回転させる。
周囲を見回し、上手く着地出来た事を確認すると先程まで居た階下に顔を覗かせて青年の姿を捉える。
「じゃーな兄ちゃん。またどっかでなあ」
待てと呼び止める青年に向かってヒラリヒラリと手を振り、ヨギは振り返る事なくそのまま走り始めた。

・palāi:逃げる
・万全な状態で戦いたい気分だったので逃げました。
・明日廃棄される予定だった旧型モブロボットです。

◎お借りしました:ロウくん(@榎本けふさん)