あんころもち

【 prakRti 】



降りられない。いや、降りていいのか?―― 騒然とする地上を見つめながら男は思った。

――事の経緯は以下の通りである。
この地に、イッシュにやってきたホウエンに住むこの男は、地元の密林を散歩するのと同じようにぶらりぶらりと気の向くままに街中を歩き回っていた。
本来の目的は異国の者を手助けする事なのだが、折角辿り着いた本部の敷地外に出てしまったしここまで来たのならちょっと観光したって罰は当たらないだろう。
そう思い立つが早いか、男は街中の至る所に生えてる三色の玉が付いた柱の上へと登り、面白そうな物でもないかと見回していると街の喧騒以外の声が聞こえてきた。
ミュータントだとか炎上動画だとかネタだとか言っているその単語の意味も、男に向けられた板のカシャカシャと鳴る音の意味もよく分からない。
放っておいても特に害は無いだろうと判断し、それらを無視してそのまま街並みを眺めているとまた違う音が聞こえてくる。
白と黒で塗られた5つの箱 (確かジドーシャと言っただろうか?) が眩しい光と共にウーウーとけたたましい音を鳴らしながら現れたのだ。
中から出てきた黒い服を着た男が手に何かを持って喋り出す。
「そこの半裸男!今すぐそこから降りて来い!」
確かに上半身は裸だが、初対面の相手にそんな呼ばれ方される覚えも、登ってはいけないという看板なんて無かったのだから咎められる覚えも無い。
何よりその命令口調が気に入らなかったので、無視してやろうかと思ったその時、ドドドドと地鳴りのような音が段々と此方に近づいてきたのである。
「…何だ?」
男が音のする方に振り返ると覚えのある顔が二つ、砂埃を濛濛と舞い上がらせながら此方に向かって駆けてきたのである。ココペリとメヒタカだ。
「ようお二人さん。そっちの調子はどうだー?」
カエンジシとシママを走らせる二人にそう声を掛けようとしたが、それは実現しなかった。
ようと口に出したその声は、男の真下を駆け抜けていくポケモン達の大群によって掻き消されたのである。
大自然とは程遠いイッシュに居ると分かっていながらも、一瞬ホウエンに戻ったのかと思う程のその光景に目を丸くし、口を噤むしかなかった。
眼下の、硬く舗装された道は砂埃と共にココペリ達を筆頭とした大行進によって埋め尽くされ、男に呼びかけていた黒服とその仲間たちは箱ごとその大群に飲み込まれていく。
コラッタが、リングマが、ホイーガがデデンネが、その他大勢のポケモンたちがその勢いを止める事なく人間の上を飛び越え、或いは突進して跳ね飛ばしていった。
ガラスとか言う名前の透明な板が割れて穴が開き、そこに先程まで立っていた人間が頭が入りこんでいるような光景が広がっている。
やはり人間と言うのは脆い生き物なのだなと改めて思いながら、その場にゆっくりと腰を下ろす。
足場としては少々小さい気もするが修行中に立つ岩の先端よりは遥かにマシな幅だ。
周囲の混乱と恐怖による悲鳴と怒号を聞き流しながら、男は先程一瞬だけ見えた彼の様子を思い起こす。
(あいつ、何かあったか?)
カエンジシを走らせていた彼の雰囲気に何処か違和感を感じた。何か思いつめているようにも見えたし、怒っているようにも見えた。
とはいえ元から表情の変化が見受けにくい彼を一瞬しか見られていないのだから、これ以上は単なる憶測にしかならない。
(それより、今はこっちの方だよなあ… )
先程まで騒ぎの中心に居た男の事などすっかり忘れ、幸運にも難を逃れた黒服や野次馬たちは慌ただしく動き始めていた。

そして話は冒頭へと戻る――

・ prakRti :動物
・いともたやすく行われる大自然の猛攻!!
・イッシュに有る物はどういう物か分かっても名前を覚える気はそこまでない。

◎目撃しました:ココペリさん(@あまみやさん)、メヒタカさん(@クロニコさん)