あんころもち

【 Denken 】



ツルハシが地面を砕く音を聞きながら、ルドルファは苛立ちを募らせていた。
(何が現地での対応はヨロシクだあのクソ禿オヤジ!! )
何度思い出しても腹立たしい上司の顔を浮かべながら、本日何度目かの舌打ちをすると部下の一人が恐る恐ると声を掛けてきた。
「クラッセン曹長、実は……」
部下からの報告は以下の内容である。
第一に、現在地における鉱石の採掘作業は滞りなく進んでいるため、そろそろ本国への輸送を開始するという事。
第二に、偵察部隊からの報告によると数十名のマフィア、カロスファミリーが島に上陸し活動を開始していると言う事。
そして最後に、シンオウ騎士団とファミリーが島の各地で交戦しているという三点だった。
思ったよりも行動が早い。一瞬そう思ったが自国が勝手に侵略されている事が発覚したのだから当然だろう。
何にせよ、ファミリーが動いているのならばルドルファも動かざるを得ない。それが今回の任務の折に"上から"指示された事なのだから。
「報告ご苦労。自分はこれから単独での行動になるが各分隊はこのまま採掘及び輸送作業を続行。非常事態の対応は各分隊長の判断に一任する。行け」
報告を終えた部下が敬礼と共に去ると出立の準備を始める。使い慣れた大振りの工具一式と応急キットとその他を少々を持ち、愛用のマスクを装着する。
「ルド行クノカ?ボルト、行ク!」
喋り出した相棒の話を聞き流しながら島の中心部へと歩み始めた。

「クラッセン君、現地デノ対応ハ頼ンダゾー!現地デ何カ困ッタ事が起キタラーチャントオ手伝イスルヨウニ!イエッサーハゲ!」
「煩ぇぞボルト。その再現コント止めろ」
ここが敵陣である以上、周囲の様子を探りながら森の中を進まなければならないというのに、何故自分の相棒はこんなにも燥いでいるのか。
止めろと言うとブーブーと文句を言ってきたが無視する。こんな事で敵に居場所を勘付かれたくない。
そうしながら歩いていると遠くの方から微かに叫び声のようなものが耳に入ってきた。声の主はコチラかアチラか――どちらにしても確かめた方が良いのは間違いなさそうだ。
面倒な事に巻き込まれなきゃ良いのだが、と言いたいが軍人がそれを思うのは無理な話である事は理解している。特にカロス軍に居るのならば、尚の事だ。
マスクの中で溜息を一つ吐き、声のした方へと向かうと徐々にそれが戦闘中である事、そしてこの一帯から火の手が上がっているらしい事が分かった。
声の主のいる場所に到達すると、まずは近くの大木へと登り戦況の確認に入った。
(マントの男が一人と、倒れてるのが若干名って事はそっちがファミリーか)
いくら訓練された騎士とはいえたった一人相手に倒される集団を見ると情けなさを感じた。自分の分隊だったら蹴飛ばしていただろう。
だがそんな事を思ったとしても自分は一軍人としての責務を果たすしかない。
「…チッ。男の尻拭いなんざ趣味じゃねえってんだよ」
舌打ちと共に吐き捨てた恨み事はマイナスドライバーに乗せ、音も無くマントの男めがけて投げつけた。

投げたドライバーは男が持つ槍に弾かれる。
そんな簡単に行く筈無いかと心の中で呟いていると、こちらに向かってナイフが飛んで来た。
木々が多く密生している場所を選んだ筈だが、正確にこの木を狙ったという事は最初の投擲で此方の居場所を気付かれたか、或いは憶測で投げてきたか。
身を伏せて避けるにしては足場は不安定だし、枝を揺らしては居場所をより明らかにさせるだけだ。
何にせよ、軍服を着ている訳でもなければマスクをしている以上、少なくともカロス軍の人間である事も人相を知られる事は防げる。
そんな事を思慮してる間にナイフの切っ先は迫って来ていた。
戦場においては諦めも肝心だと思考を瞬時に切り替え、もう一本のドライバーを投げてナイフを弾き落とす。
キィン、と金属音を鳴らして弾かれたナイフと同時にルドルファ自身が木の枝から飛び降りると漸くマントの男と対面した。

「お前、カロスの人間か」
確信しきった声色の問い掛けに返事する必要は無い。黙っているとやはりそうかと男は槍を構えた。どうやら察しが良いらしい。
通常の物に比べれば大型とはいえ所詮、工具と身の丈程の槍では得物のリーチは異なる。
だが此方も実戦経験の無い新兵でもなく、何より姿を見られた以上は早く終わらせるに越したことはない。
思考と同時に地面を一気に蹴って間合いを詰める。男も工具を振るう動きに合わせて槍で防ぎ、隙を狙って突いて薙いでくる。
(そりゃチンピラみたいに簡単に落ちたりはしねえか。それなら――)
側転の要領で何度目かの突きを躱すと、その勢いのまま転がっていたナイフを掴み男の顔面を狙って投げつける。此方の動きを予測されていたのか、同じように転がっていたドライバーを投げて相殺された。
出会い頭のナイフと言い先程からの打ち合いと言い、今の動きさえも把握されているのは明白だった。動きを読まれていると言うよりは此方の思考を読まれているようにさえ感じる。
(頭の中でも読んでんのかコイツ。魔法でも何でも、もしそうなら随分と悪趣味だな)
憶測でしか無いが自分が浮かべた仮説に思わず毒づく。マスクで隠した表情も思わず眉を顰めた物になっていた。
「黙れ……、勝手に聞こえてくるんだよ……お前の思考が!!」
余計な事を考えて生み出してしまった隙に、突然激昂した男が蹴りを繰り出してくる。急いでスパナで防ぐも殺しきれなかった威力と高温の熱が襲い掛かってきた。
「チッ!」
熱と痛みに思わず舌を打つが、代わりに大きな情報を耳にした。魔法だか何だかで本当に思考を読まれていたらしい。
(道理でロクに当たらない訳だ)
ハンマーを取り出し、その頭部を先程の攻撃によって生じた小火の中に突っ込む。やられたら同じようにやり返すのがルドルファの信条だ。
熱を通さないように加工されてる持ち手にじんわりと熱が籠ったそれを火から出すと一気に相手に詰め寄って振り下ろす。
思考を読まれているならばどうこう考えるのではなく、「潰す」という事だけを頭に入れて動けば良いだけの事だ。
脳の中をその一色にし、防御のために構えた槍をハンマーで連打する。躱されようと防御されようと、そんな事を気に留める事無く攻撃の手を休めなかった。

「ア!戦闘シテル!戦闘ダ、戦闘ダ!援護スルスルーー!」
「黙って仕事しろ!!」
考える事を止め、ただひたすらに本能のみで男に向かって工具を振るい続けていると、今まで何処に居たのか分からない相棒が突然顔を出した。
調子良く騒ぎ始めた相棒を一喝し、片手で攻撃の指示を出す。
「了解了解ー!」
ここが戦場である事を理解しているのか怪しい程に呑気な返事をした相棒は二つの磁石からスパークを放ち、それを援護射撃としてルドルファは再び攻撃を繰り返す。
攻撃を回避すると共に相手と距離を取り、フーッと深呼吸をしてから思考を再開させる。ダラダラと長引くこの現状はそろそろ終わらせた方が良いだろう。
ならば取る行動は一つ。撤退時のお決まりは極々シンプルで古今東西、何処でも似たような物だ。
「閃光、放て!」
号令と共に眩いフラッシュが辺り一面を包む。その光の中を一気に駆け、男の腹部にボディブローを一発お見舞いする。
ルドルファの狙い通り、男は閃光に気を取られて読み取る力が一瞬鈍らせたらしい。
不意の打撃に漏らした男の呻き声を耳にしつつその場から背を向け、駆け足で後退する。
空気を割く様な音と共に二の腕辺りにジワリと痛みを感じたが、それに目を向ける事も足を止める事もせずに森の中を走り続けた。


「テメェ今まで何処に行ってやがった!何でふらふら彷徨ってんだこのボケ!!」
「スグ怒ルー!少シハカルシウム取レナ!」
とりあえずコイツはあとで全力で殴ろう。ルドルファは強く決意した。

・Denken=思考
・THEルカリオ対決。
・相棒は肝心な時に居ない。

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◎ガイストさん(@小慶美さん)