あんころもち

【 Холбоо 】



「よし、少し休憩にしよっか」
本拠地にて、空き時間を利用してエルは相棒と自主練をしていた。
先の戦いで負ったけがはほぼ完治しており、休んでいた分を取り戻すためにもここ最近はいつもよりも熱を入れていた。
「そういえば団長、今日はほかの団長様たちと話し合いなんだって」
何だろうね、と相棒に話しかけながら噴き出た汗を拭った。

木の根を枕にして横になっていると、遠くで先輩騎士達の会話が聞こえてきた。
「なあ聞いたか?団長、今トージョウの上のやつらと話し合いしてるらしいぞ」
「トージョウと?何でまた……」
(団長が、トージョウの人たちと?)
ゆっくりと起き上がると、徐々に遠くなっていく声を耳に入れながら頭の中で反芻する。
そうしている中で心中にモヤモヤとした、何とも表しがたい感情が込み上げてきた。
「……トゥルム」
立ち上がり、パンパンと服を払うと相棒の名を静かに呼んだ。相棒はその声色で理解したらしく、
乗れと言わんばかりにエルの足元近くに近づいた。
相棒に乗り立つと出発させた。行先は告げずとも思った方角へ進んでくれる相棒の察しの良さにつくづく感謝した。



団長達が集まっている建物の前に辿り着いた。騎士団員であるエルも入る事は出来るが、入る気が起きなかった。
建物の外を一周するようにゆっくりと、遠巻きにトゥルムを移動させる。
すると何処かの部屋の窓からよく見知った人影が見えた。きっとあの部屋で会議が行われているのだろう。
そう思いながらその部屋の見える位置に降り立つと、相棒に声を掛けるでもなく、ただじっと部屋の窓を見つめていた。
「……帰ろう、トゥルム」
しばし続いた沈黙を終わらせたのはエルだった。
「ここは多分、俺たちが居ちゃいけないとこだ」
クルリと背を向け、来た道を戻り始めながら相棒に言い聞かせるように言ったはずの言葉は、何処か自分自身に言い聞かせるようでもあった。

気分が紛れるかもしれないとわざと遠回りをしてみたが、結局モヤモヤとした心境が晴れる事は無かった。
自主練していた場所まで戻ってくると丁度その時、遠くから先輩騎士から集合の呼び声が聞こえた。
「はーい!すぐ行きますデスー!!」
遠くの相手にも聞こえるくらいに大きな声で了解の返事をしながらエルが駆け出すと、その後をトゥルムも追いかけた。
集合の理由はきっと、先の会議の事だろうか。色々な事を考えながら集合場所へと向かった。



(トージョウと、手を……)
ニルバ団長から全体へ告げられたのは、今度の戦いで騎士団がトージョウと手を組み、ホウエン及びISHの二国と争うと言う物であった。
その内容を聞いた団員達の中に少なからずの動揺が走ったが、無理もない話であった。
トージョウがこの国に、神々が住むとしているテンガン山に侵攻してきた事は記憶に新しい。
周りの様子を盗み見すると、少数ではあるが困惑した表情や釈然としない表情がそこにはあった。
かく言うエル自身、この話をいつものようにすんなりと飲み込む事は出来なかった。
シンオウの民にとって聖なる土地である山は、エルにとっては生まれ育った故郷でもあるからだ。
その故郷に一度は侵攻し、決して少なくはない被害を齎した相手と今度は共闘するというのである。
その複雑な心境の中で、内心に抱えたモヤモヤがより強まった気がした。

「―――い、おーい、エル?」
俯いて考え込んでいると自分を呼ぶ声が聞こえた。
「へ?うわあ団長!いつの間にデス!?って、あれ?」
慌てて顔をあげるとすぐ目の前にニルバの顔があり、驚いて気の抜けた声を出してしまったが、よくよく周囲を見ればニルバとエル以外には誰もいなかった。
「大丈夫か?」
「え?あ、えっと、その……」
団長に明らかにいつもと違う自分の様子を心配そうに見つめられ、思わず口籠った。
「大丈夫か?」
繰り返し問われ、少し躊躇いながらも重い口を開いた。
「……トージョウと、協力するんデス?」
率直な気持であった。団長達の言葉に疑念を抱いたことは一度も無かった。しかし今回ばかりは、この気持ちだけはどうしても隠し切れなかった。
それを聞いたニルバは一度目を閉じると、静かに深い溜息を吐いた。
「なあエル。少しいいか?」
目を開けた彼は、真っ直ぐにエルを見据えるとゆっくりと語りだした。
会議の始まり、そして先の侵攻せざるを得なかったトージョウ側の理由。
それらは決して他人事では無かった。もしも自分たちが同じ状況であればどうしたか。
その時には多くの選択肢が生まれるだろうが、その内の一つがトージョウと同じである事は確実だろう。
「……なあ、組んでも良かったか?」
全てを語り終えたニルバは、先と変わらない真っ直ぐな目でエルを見据えながら聞いた。
「それは……」
これまではもしかしたら、単純に共闘する事に対して否定的だったのかもしれない。だが、話を聞いた今では、単に嫌だとも言いきれなかった。
しかもこの状況下、新米騎士でしかない自分が個人的な感情を表に出すわけにもいかなかった。
本音を表に出した事で団長の手を煩わせるなど、最もしてはいけない事だ。エルはそう判断した。
「団長が、団長が組むべきって思ったならそれが一番だと思いますデス」
歯切れ悪くも発した言葉に嘘は無かった。しかし、一番の本音でも無かった。
昔から隠し事が苦手な自分である。きっと本音を隠している事は、目の前の彼に見透かされているだろう。
「そうか―――痛み入る」
ニルバはただ短く答えると、エルの頭をガシガシと撫でた。
彼の暖かくて大きな手に撫でられると、少しだけ心が和らいだ気がした。
「……それじゃあ任務まで自主練してくるデス!」
彼の手が離れると、いつもと同じような笑みを作りいつもと同じような様子を振舞う。
きっとそれも見透かされてるだろうが、今はこうしておきたかった。

団長と別れたあと、いつも自主練している場所に向かった。
だがいつものように運動する気にはなれず、木に寄り掛かるように座り込んだ。
主人に倣うように地についた相棒を撫でながら今までの事を思い返すが、心は晴れるどころかより迷走していた。
「……俺、どうしたら良いかな…」
ポツンと漏れた言葉を、聞くものは居れど答えるものはいなかった。


・ホルボー:連合, 同盟
・え、でもトージョウ……
・我儘言っちゃダメだよね。今はそれどころじゃないもんね
・だけどモヤモヤしちゃう。故郷なんだもん。
・団長の格好良さso,プライスレス。

◎ニルバ団長(@ケロコさん)