【 далай 】
トゥルムに乗り、海を走っているとキッサキが見えてきた。騎士団が本拠地を構えるこの街もやはり戦渦に巻き込まれているのだろう。
団長を始め、世話になっている先輩騎士達も多く彼らの身が心配であった。
「トゥルム、急ごう」
実戦経験などこの争いで積み始めた程度しかないが、何か出来る事がある筈だ。そう思い相棒の滑空を速めさせた。
到着した街はやはり戦渦に巻き込まれていた。ここでも激しい戦いがあった事が分かる。
キョロキョロと見回しながら海沿いを歩いていると野生のポケモン達がこちらに向かって走ってきた。
そのポケモン達の向こう側に見えたのは――――
「シルヴァンさん?」
見えたのはシルヴァンだった。だがいつもと様子が違う。片腕を負傷している事やいつもあげている前髪が下りている事、
それらは見て分かったがそれだけじゃない。纏っている雰囲気が異様だった。
彼はこちらを向くと得意の水魔法を打ち込んできた。
「うわっ、とっと!何するデス!?」
今さっき、ポケモン達が逃げてきた理由が分かった。何とかして止めなければ、瞬時にそう判断した。
矢のように飛んでくる攻撃をかわしつつ、逃げ遅れたポケモン達に近づいて抱き上げる。
「トゥルム、この子達を安全な所に!急いで!」
相棒にポケモン達を乗せながら指示を出す。一瞬少し躊躇うような表情をしたが、すぐにその場を去った。
彼らが安全な距離まで離れたのを確認するとシルヴァンの方へ向き直った。
「く……っ」
暴走の理由は分からないが、止めなければいけない。そう思い、身構えて接近を試みた。
何度か攻撃を喰らったが、怯んでる訳にもいかない。何とかしなければ街の被害も広まってしまう。
「……!トゥルム!」
戻ってきたトゥルムが見えると思わず安堵の表情を浮かべ相棒へと駆け寄った。
その時、トゥルムは主人の背後に迫って来ている水に気付いた。
素早く主人を守るように前に出たと同時に水砲が命中すると、これまでの戦闘で疲労の蓄積もあってかクルクルと回転しながら呆気なく海面
へと吹き飛ばされていった。
「トゥルム!?」
一瞬何が起きたのか分からなかったが、相棒が攻撃され思わずカッとなった。自分が何かされるのは良いとしてもトゥルムに矛先が向けられ
るのは嫌だった。
尚も飛んでくる攻撃を何とかかわしつつ、シルヴァンに近づく。
「っ、トゥルムに何するデス!街の人達まで巻き込んで、一体何考えてるんデス!?」
「……」
「な、何か答えて下さいデス!」
聞こえていない訳が無いこの距離なのに彼から答えが返ってくる事は無く、長い前髪の間から青い瞳が此方を見返すだけだった。
その表情に、あの時、雪山で生まれた感情が蘇る。怖いこわい恐いコワイ……二度目はもう無視出来なかった。
「シ、シルヴァンさん……」
体が動かない。彼の魔法を受けての痛みだけが理由では無い。目の前で大きな水の塊が形成されていく。
「(逃げなきゃ、逃げなきゃ逃げなきゃ……っ)」
頭の中で警鐘が鳴り響く。だけど足が竦みきっていて言う事を聞かない。
水砲が放たれ、猛スピードで目の前に押し寄せる。駄目だ、避けれない。そう本能で察した。
「カハ……ッ」
水砲の命中した衝撃音と共に、バキリと胸当てが砕けた音が聞こえた。
衝撃に息が詰まらせ受身を取る事も出来ず、相棒の浮かぶ海面へと着水していった。
「シル、ヴァンさん……何、で?」
零れた声は波に飲まれ、霞んでいく意識は海に沈んでいった。
「―――い、―――お―――」
誰かの声が聞こえ、沈みきった意識が突然戻った。
「う、ん……?」
重い瞼を無理矢理開けると、眩しい光の中に目の前に知らない青年の顔があった。
「あ、気がついたでありますか?」
エルが目覚めた事を確認すると青年はパアッと笑った。
その笑顔を見つめながら目覚めたばかりではっきりしない頭で状況を判断しようと目を配った。
今自分がいる所は浜で、ハードマウンテンの見える方角から推測すると恐らく港と本拠地の中間に位置する辺りだろう。
「こ、ここ……うっ!」
起き上がるが体中に激痛が走りそのまま身が折れた。激痛に頭がクラクラする。
「無理しては駄目であります!軽い怪我では無いのでありますから」
屈めた体を差し出された青年の腕で支えられた。その時、自分の怪我が手当てされてる事に気付いた。
目の前の彼が処置してくれたのだろうか。そう言えばこの青年の名前を知らない。
「す、すいませんデス……えっと……」
「自分はホウエン軍陸軍所属、ミカエル=アモン=ヒューガ伍長であります」
「ミカエルさん、まずは手当てしてくれて有難う御座いましたデス」
「礼には及ばないであります。それよりも、早くここから離れた方が良いであります」
ミカエルと名乗った青年に手当の礼を言う。青年は笑顔のまま答えたが、すぐに真面目な顔付きになって口を開いた。
恐らく仲間が近くにいるのだろう。確かに手負いのこの状態で囲まれては今度こそどうなるか分からない。
「……」
「それでは、自分はこれで!」
エルがその言葉に黙って頷くと、ミカエルは立ちあがるとビシッと敬礼して急ぎ足で立ち去っていった。
遠のいていく背中を暫く見つめた後、浜に目を向けるとすぐ近くに相棒がいた。
「っ、トゥルム!うぐっ!」
一瞬でハッと意識が覚醒し、勢いよく体を起こすと再び全身を激痛が襲った。だが再び横たわるわけにはいかない。
今度はゆっくり体を動かしながら相棒に近寄る。トゥルム自身もほぼ限界の状態でいつものようにエルを乗せて浮遊する事など到底出来そう
にはなかった。
「帰って、トゥルム、手当て、して貰わなきゃ……」
うわ言のように呟きながら、無理矢理に力を入れて立ちあがる。自分の怪我など二の次であり、何よりトゥルムの手当てをして貰いたかった
。
一度大きく深呼吸をすると、グッと腕に力を込めて相棒を掴む。
「んぬううううううあああああああ!!!!」
重い相棒を動かす事で何処かの骨がビキビキと音を立てたような気がしたが、無視した。
「帰らなきゃ……」
誰に聞こえるでもなく、エルは砂浜を歩き始めた。
・ダライ:海
・海に沈んだエルの漂流記
・ぶっちゃけた話、自分のミスは棚上げしてる(真意)
・キッサキにも野生の子は…いるよね…???
・エルの帰巣本能によるかいりき。(但し引き摺っている)
◎シルヴァンさん(@イトマボクトさん)・ミカエルさん(@黎亞さん)