【 дайн 】
この戦いで山にどれ程の影響を及ぼすかは分からない。無論この集落にまで影響が及ぶ可能性だってゼロではない。
だったら住民に警戒するよう呼びかける事も必要だろう。そう思い立ち、実家のある集落に向かったのが先程である。
そこで聞かされた話は、周りの制止を聞かずに麓まで様子を見に行った住民の連れていたポケモンが流れ弾に当たり負傷したという話であった。
幸いにも木の実で治せる程度の軽症であったらしいが、それでもエルの心境は複雑であった。
「何か、嫌だなぁ……」
頂上を目指す道中は相変わらず喧噪に包まれている中、無意識に口から漏れた本音。
『これは戦争だよ?』
シルヴァンに言われたこの一言が頭から離れない。思わず唇をキュッと噛んでしまう。
敵国の怪我人を助けようとしたのは、単に自分が甘いかそれとも自分に経験が無いから故の行動だったのか。
誰かに尋ねたくとも今一緒にいるのは相棒のみ。いつも答えをくれる先輩達は各々戦っている。
その先輩達は大丈夫であろうか。保護した彼のように怪我を負ったり等していないだろうか。その事が気がかりだった。
しかし今は自分の戦いに集中しなければ。そう自分に言い聞かせて頭を振り、パンパンと頬を両手で叩いて気を取り直す。
集落からそれなりに離れた所にまで行くとトゥルムを停止させて降りた。ひとまずはこの辺りに留まり、登ってきたトージョウの者を止めるつもりである。
少し経った頃、下の方から一人と紅白の鳥ポケモンが登ってくるのが見えた。その姿格好からトージョウの者であることは間違いなかった。
「待つデス!」
この先には行かせない、衝動的に湧き上がった感情だけで女の前に躍り出た。
「何奴だ!?」
「この先は御柱の……神様達の土地デス。大人しく帰って下さいデス」
引き返すように告げる。横に控えているトゥルムも同じく戦闘態勢に入っていた。
「そうはいかぬ。某達とて、この先に用があるのだ」
退かぬと言った黒髪の女が薙刀を構え、連れていたポケモンも同様であった。二人と二匹が対峙し、ジリジリと互いの間合いを測る。
切っ先を向け、あくまでも退く意志はないと言う。ならばエルの示すべき意志は一つである。
「どうしても退かないなら、俺を倒してからにして下さいデス」
両腕の刃を伸ばして戦闘態勢を取りながら告げた。
「ならば……いざ尋常に、勝負!」
相手の言葉が終わるのを合図に相手の懐へ一気に飛び込んだ。
雪を踏み締めて刃から衝撃波を繰り出せばそれを女は薙刀で払う。
その隙に一気に詰め寄って刃を振るえば再び薙刀で防がれ、離れてからまた踏み込めばキィンと音を響せて鍔迫り合いの状態になる。キリキリと、何度目かの鍔迫り合いの音が鳴る。
どちらかが焦れれば払って距離を取り、またぶつかり合う。先程から同じ事の繰り返しであった。
互いにそこそこのダメージを与え合うだけで、相手の侵入を防ぐ事には成功しているがこのままでは埒があかないのもまた事実。
チラリと相棒に視線を走らせると、向こうもまた、かわしかわされを繰り返していた。
「隙あり!」
「しま、うあっ!」
トゥルムの方に気を向け、相手の言葉でハッとした時には遅かった。袈裟の字に刃を喰らうとその衝撃にたたらを踏む。
胸当てが無ければ重傷は避けられなかっただろう。その胸当てには深い傷が出来ていた。
「っ、トゥルム!!一気に決めるよ」
相棒を隣に呼びつけ、視線を送りながら声を掛ける。意図を察したトゥルムは磁石に力を溜め始める。
「こちらも行くぞ、霙!」
彼女も同様に霙と呼ばれた相棒に指示を出す。一気に間合いを詰めてきた女の刃を受け流し、そしてポケモンの技をかわす。
「今だ、トゥルム!!」
合図と共にトゥルムは磁石から溜め込んだ電気エネルギーを放出した。エルは電撃をかわしたが、相手には直撃した。
「う、くっ……おのれ、よくも霙を!」
女は薙刀を支えに立ち上がったが、彼女のポケモンは目を回して雪の中に倒れていた。
薙刀を構えなおした女がギリ、と睨み付ける。エルとて決して良い気分ではなかったが、これは戦争なのだと自分に言い聞かせて負けじと睨み返す。
今度こそ最後の一撃を決める。そう決めて構えを取る。恐らく彼女の方もそのつもりなのだろう。
互いにグッと踏み込んだその時、ドォン!!と大きな音が響き渡り思わず動きを止めた。すると次に聞こえたのはゴゴゴと低い地響き。
それは決して多くはないが何度も耳にした事のある音であり、懸念していた事が起きてしまったとすぐに分かった。
音の聞こえた方向に目を向けると、遠くから雪が速度を持って押し寄せてきていた。
あちこちで起きていた衝撃を受け、とうとう大規模な雪崩を引き起こしたのだ。
「っ!戦ってる場合じゃないデス!逃げるデス!」
逃げなければ、瞬時にそう思った。あの規模の雪に飲まれればただでは済まない。それは彼女も同様である。
雪崩に戸惑ったようにも見える彼女に逃げるよう促すとトゥルムに指示を出す。
エルの言葉を聞くと彼女は指笛を吹き、銀色の鳥を呼び出した。
「出来るだけ高く飛ぶデス!絶対、絶対に逃げきって下さいデスよ!死んだら駄目デスからね!」
ヒラリと相棒に乗り立つと、矢継ぎ早に避難するように告げてその場を後にした。後で誰かに敵前逃亡だのと言われても構わない。今は命が最優先である。
トゥルムを最高速度で進ませながら先までいた場所を振り返る。まだ飲み込まれてはいなかったが、そこに彼女はおらず、上を向くと銀色の鳥と共にいる長い黒髪が見えた。
彼女はもう大丈夫だろう。あとは自分と相棒だけだ。
前に向き直ると目を走らせてやり過ごせそうな場所を探す。自分だけならともかく、トゥルムがある程度収まりそうな場所が見当たらない。
このままでは雪崩に追い付かれてそのまま、なんて事も有り得る。それだけはどうしても避けたかった。その時、大きな一枚岩を見つけた。あの大きさなら大丈夫だろう。
「トゥルム、あそこ!!」
岩の場所を指で示すと理解した相棒はラストスパートを掛けた。
トゥルムが急ブレーキを掛けると同時に岩陰に滑り込み、止まりきれない相棒に手を伸ばして掴み一気に同じ場所に引きずり込む。もう音がすぐそこまで着ていた。
「トゥルム、お願い!」
分かっていると言わんばかりの声を発すると磁石からバリアーを張る。
エルも同様に刃を振るってリフレクターを作ると、相棒の全身がより収まるように縮こまった。あとは二つの壁が雪崩に耐えきるよう祈るしかない。
相棒を抱き寄せるとすぐに頭の上で轟音が聞こえた。その勢いを肌で感じ、不安から相棒を抱き締める力が強くなりギュッと目を閉じる。
どれくらいの時間をそうしていたかは分からないが、轟音は鳴り止み周囲は静まり返っていた。
目を開けるとすぐ目の前にトゥルムがいた。互いに生がある事を確認してまずは一安心
すると、周りを覆う雪に衝撃波で穴を開けて抜け出す。
「トゥルム、ありがとう」
岩の殆どは雪に埋もれてしまっており、バリアーを張っていなかったら確実に生き埋めになっていただろう。相棒の存在を改めて感謝する。
こちらの方角に向かって雪崩が起きたと言う事は集落に被害は出ないはずである。
だが、今この山にいるのは集落の者だけではない。この山で戦っている騎士団員は多く、この山に侵入してきたトージョウ民も多い。
敵であろうと味方であろうと、心配せずにはいられなかった。
「よし。見に行こう、トゥルム」
行けそう?と声を掛ければ元気な声がする。相棒に乗ると山道を下り始めた。
「皆、無事だと良いな……」
ポツリと漏れた言葉は風と共に流れていった。
・ダェン:戦争
・ちゃかりこっそりとプチ里帰りしてきました。
・正直言うと、ちょっと気が立っていたかもしれない。
・そんなことよりポケモンバトルしようぜー!!
◎薫さん(@スピネルさん)