【 цас уул 】
山が騒がしい。そう思ったのは生まれて初めての事だ。
雪の中に聞こえてくるのは、術同士がぶつかり合う音や鍔迫り合いの音、そして人やポケモンの咆哮だった。
先の大地震から様々なことが起きたが、まさか自分の生まれ故郷が戦場になるとは夢にも思っていなかった。
だが戸惑ってもいられない。
トージョウの者達が何を思ってこの山に来たかは分からない。だが騎士団として、出身の者としてこの山は守らなければならない。その一心であった。
守るべき山の頂上を目指して相棒に乗り、慣れ親しんだ雪山の道を進んでいると不意に殺気を感じ取った。
「トゥルム」
相棒の名前を呼び、移動を止めさせるとキョロキョロと辺りを見回した。
この戦いが始まってから何度か敵意や殺気は感じ取りはしていたものの、それは全てすぐ近くに当人が居ての事だった。
離れているのにも関わらず殺気を感じ取れるというのはそれだけ強い物であり、
自分自身に向けられたものでは無いにしても何か嫌な予感がした。
殺気の持ち主を確認しなければならない気がして、その主を探していた。
ビュオッ、と一陣の雪風が吹き抜けた風の向こうに二つの人影が見えた。一人は槍を構えたまま立ち、
もう一人は倒れている。
二人の顔は見えないが、影が持つ槍の形に見覚えがあった。
(あれは、確か……)
記憶を辿ろうとした時、立っていた方の影が槍を構えた。明らかに殺そうとしているが、もう一人の方は――――
やはり動かない。
いけない、そう直感すると相棒の名前を叫ぶように呼び、影へと急進させた。
これは戦いである。だがしかしこの国で、神々の土地であり自身の生まれ故郷であるこの山で、
多くの血が流れる事を見過ごしたくなかった。
そんなエルにしてみれば、どちらが味方でどちらが敵かなど関係無かった。
「駄ー目ーデースーーー!!!!」
叫びながら相棒を踏み切ると槍の影に飛び掛かり、共に雪の中にボスンと倒れこんだ。
「シルヴァンさん!何やってるデス!?」
素早く起き上がると後ろを振り返って背後を確認する。倒れていた方の影は緑髪のトージョウの者だった。
相変わらず動く気配の無い様子を確認すると向き直り、槍の影、もといシルヴァンに詰め寄った。
「その人、もう動けないじゃないデスか!!」
「おいおいこれは戦争だよ?生かしておいて後で寝首を掻かれたらどうするんだい?」
起き上がったシルヴァンは声を荒げているエルとは正反対に至って冷静な口ぶりだった。
だが、その顔に浮かべている笑みは冷静とは言い難いものであった。彼から溢れ出ている隠しきれていない殺気を直に感じてゾワリと肌が粟立てたのと同時に、先刻感じ取った殺気の根源は彼だった事を悟った。
「で、でも!それでも殺す必要なんて無い筈デス!」
今、自分はこの男に恐怖を感じている。味方であるはずのこの男に。
しかし今はそんな事を気にしている場合ではない。湧き上がった感情を無視して主張した。
そんな自分の様子を見て何を思ったのかは分からないが、シルヴァンから出ていた殺気が僅かながら弱まったように思えた。
「ふうん……まあ君がそこまで言うならしょうがないね」
自分の様子に興が削がれたようにも既に別の事に興味が向いているようにも見える、そんな表情で彼は言った。
「それじゃあ彼は君に任せるよ」
そう言うと彼は返事を待たずにクルリと背を向けて歩き出し、直ぐに吹雪と共に見えなくなった。
(シルヴァンさん、何かいつもと違う……?)
普段とは明らかに違う彼の様子を思い出して怪訝な顔をしていると相棒にトン、と背中を押された。
「え?何、トゥルム?……あ!」
今度は相棒か、と思ったがすぐにハッとした。誰も居ない方向ではなく、後ろに振り返る。
身動きの無い怪我人の方に向き直って呼吸の確認をしようと近づくいた時、
別の気配を感じたと同時に細い電流が足元に落ちた。
「へ?」
顔をあげるとそこには見た事の無い、黄色と黒のポケモンが立っていた。しかも自分に対しては
電流による威嚇というオマケ付きである。
「ぱるぱるぅ……」
ジィ、とこちらを睨みつけるその視線に思わずたじろぐが、身構えているその姿勢を見て一つの予想が生まれた。
「もしかしてこの人、君のご主人デス?」
恐る恐る尋ねると、威嚇の様相は変わらないが予想が当たったように思った。
「ええっと……大丈夫デス。俺、何もしないデスよ。この人に何かしようとかそういうのじゃ無いデス」
腕の刃を最小限に縮め、両手の平を見せながらこちらに敵意が無い事を示す。
相手を刺激しないよう冷静にかつ慎重に、そして穏やかに。少し間が開いてからポケモンの様相が和らいだ。
それを見てホッと安堵の息を吐くと、今度こそ倒れている男に近づいた。呼吸や脈拍はあるが、油断は出来ない。
ましてや天候の安定しない雪山の戦地である。すぐに救護の元へ向かわなければこの男は今度こそ危ないだろう。
「今からご主人さんを俺の仲間の所に連れていって、怪我とか治して貰おうデス。手伝って下さいデス」
男のポケモンに声を掛けるとそれはコクリと頷いた。ポケモンに手伝って貰いながら男を相棒にソッと乗せる。
「よし、行こうデス」
今は穏やかだが、荒れて吹雪にでもなったら出身のエルですら正しく辿り着ける自信は無い。
出発前に団長から指示された幾つかの救護施設の中から一番近い場所を頭の中で割り出すと、
男の怪我に響かないよう静かに、しかしやや足早に雪の中を進み始めた。
・ツアストオール:雪山
・時之砂さんは捕虜では無く保護の感覚。
・(Σ 'A` )<(シルヴァンさん、何かいつもと違う…?)
・「殺気や敵意に対して敏感に反応する能力」の存在を思い出せてよかった。
・故郷が戦地でちょっとおセンチ。
◎シルヴァンさん(@イトマボクトさん)、時之砂さん(@えんひさん)