【 鳥籠の中の歌唄い 】
「(最悪だ……)」
エリオーネは心の中で呟き、溜息を吐いた。この一週間、ろくな事が無かった。無さすぎた。
標的としていたオルグの居場所をある女から聞き出し、夜襲を掛け、追い詰めた。
その筈だったのに背後から現れた大男に取り押さえられて呆気なく捕われの身。これまで警察の手から難なく逃れ続けてきた経歴を振り返ると再び溜息が出た。
しかも捕われてからも酷い物だった。拘束も例外では無いが、そこで受けた仕打ちを思い出しただけで屈辱に顔が歪む。
挙げ句の果てが、別の収容先で毒薬のモルモット。これを最悪と言わず何をそれと呼ぶか。
「(歌いたいなあ。流動食飽きたし、薬不味いし……そもそも今何時だ?ここ窓も時計も無いから分からないな)」
「(それよりいつ逃げようか……これくらいの拘束ならすぐに外せるけど、彼が戻ってきた時に鉢合わせたら終わりだろうし何よりいつ戻ってくるかのタイミングが不定期過ぎるしな…)」
「起きてたか」
ぼんやりと考えていると扉が開き、入ってきたのは白衣を纏った無愛想な大男。確か赤城と呼ばれていたはずだ。
返事は返さずにジトリと視線だけを寄越した。その視線を無視した赤城はよく整理された大小様々な瓶のある薬品棚に向かうと、何かを選ぶように宙で指を這わせて1つの瓶を取り出した。
それを持って机に置くと何かの紙に記入を始めた。こちらは完全に無視である。
「それで今回はそれを飲めって事かな?」
「分かっている事を聞くな」
「ああそう。喉が痛くなるのはやめてね?僕の大事な商売道具だからさ」
「俺の知った事か」
勝手に捕らえておいて無視されるのも心外だったので声を掛ければこの扱いである。書き物をする手を止めずこちらを見る事も無く返ってきた淡々とした言葉に閉口する。
それから少しして赤城が立ち上がり何かを言おうとして口を開きかけた。が、その時白衣のポケットから携帯のコール音が聞こえた。
それを聞くとうんざりしたように眉を顰めてから携帯を取り出すと、エリオーネに背を向けて電話に出た。
会話の内容は分からないが相槌しか聞こえなかった。どうやら一方的な話らしい。
「……分かった。今そっちに向かうから……ああ、それじゃ」
通話が終わったらしく、電話から耳を離して向き直った赤城は電話に出る前よりもうんざりとした顔になっていた。
「急用が出来た。今は実験中止だ」
それだけ言うと白衣を脱いで出かける支度を始めた。
エリオーネがチャンスだと悟ったその時、赤城が一粒の錠剤を飲ませた。
「これでも飲んで待ってろ」
「……、っ!あ、くっ……」
薬の効果が現れたのを確認すると赤城は出て行った。1人残された密室にガチャン、と施錠の音が響いた。
赤城が出て行ってからはそれからはあっという間であった。
薬の効果で体は熱を持っていたが、慣れた手付きで手錠を外して久々に両手を自由にした。そして扉の前に立つ。
内側からも暗証番号をテンキーで打ち込んで開ける仕様になっていたがエリオーネに掛かれば取るに足らないものであった。
あっさりと「#537」と打ち込んで開錠し、扉を開ける。
扉を開けると、外は真夜中であった。
呼吸が乱れて足元が若干覚束なくはあるが、気にしてもいられない。赤城が戻る前に退散しなければまた連れ戻される。
「は、はぁ……は、っ……」
壁に手を突きながら何とか辿り着いたのは寝床としている廃倉庫。そこに入ると限界だといわんばかりにドサッと倒れこんだ。
「は……はあ、っ…ろ、やる……」
乱れた呼吸の中でうわ言を数回呟くと目を閉じて眠りに落ちた。
(ころして、けしてやる……必ず、僕が……)
・エリオーネさんが赤城のラボからぷりずんぶれいくするお話。
・何で早く逃げ出さなかったかというと、タイミングを計っていたからです。
・赤城さんに掛かってきた電話はお母さんが発狂したっていう電話
・そらうんざりするよねー。
・そんなわけで、エリオーネの抹消対象が増えました。