あんころもち

【 鳥籠の中の歌唄い 】



「この前ね、お気に入りのバッグが壊れちゃって〜もう超ショック〜!!」
「いつも使ってたやつ?何でまたぁ」
「それがね〜、よく分かんないの〜」
カウンター越しに聞こえるのは常連客の男とその連れの女の会話。一方はしがないサラリーマン、もう一方はよく知らないが雰囲気から見るに、所謂キャバ嬢というやつだろう。
この客、前は赤い巻き髪の女とよく来ていたが最近のお気に入りはこの桃色の髪をした派手な女らしい。随分頭の悪い話し方をする女程度の印象しか持たない。
暫くして、遠回しな女のおねだり攻撃が一段落すると男が会計をと言ってきた。
「はい、ただいま」
営業スマイルで答え、会計を済ませると2人は出て行った。またどうぞ、の一言を添えて扉の前まで送り出すと、扉に掛かっていた「Open」のプレートを裏返して「Close」に変えた。本当は閉店時間までもう少しあるが今日は特別だ。

オルグがグラスを洗い終えて簡単に掃除を終えてから時間を見ると午前1時。
「さて、そろそろですかねぇ」
何の気なしに呟いた直後、扉の向こう側からコンコンコンと3回のノック音が聞こえた。
「ああはいはい。開いてますよー」
声を掛けると扉が開き、入ってきたのは長身で如何にも愛想の無い黒コートの男、殿赤城という常連客だった。仕事終わりらしい彼はコートを脱いでビジネスバッグをカウンターに置くとオルグを見て口を開いた。
「で、アレは生きているんだろうな?」
「挨拶無しでいきなりそれかよ。挨拶は礼儀の第一歩だぜ?」
「お前が礼儀を語るな。それより早くしろ」
入ってきてからの第一声が事の催促とは、無駄を嫌う彼らしいといえば彼らしい。茶化した言葉すら切り捨てられた。
「はいはい分かりましたよ。さあお客様こちら当店のVIPルームへご案内いたしまーす」
わざとらしいと自覚出来る程に明るい調子で言いながらカウンターの奥にある「Staff Only」の書かれた扉を開けて中へと促す。

コートはそのままにバッグだけを持った赤城を伴って部屋の奥へと進むとそこには地下へと続く階段があった。
階段を下り、扉を開けると薄ら見えるのは壁際に座り込む黒い影。
「俺が居ない間、ちゃーんと大人しくしてましたかぁ?エリオーネ君?」
影の名を呼びながら明かりを灯すと、ランプが部屋を薄暗く照らした。
それと同時に現れたのは1人の歌唄いだった。普段なら穏やかな笑みを浮かべているその顔に笑みの代わりに殴られた跡があった。特徴的な帽子も今は無く、小奇麗なジャケットスーツも所々薄汚れていた。
自身の名前を呼んだ相手をジトリと睨むように視線だけ寄越すと、返事代わりに両腕を拘束する手錠をジャラリと鳴らした。オルグはその様子を見るとニヤリと口端を開けて近づいた。
「返事が聞こえねぇなあ?あ?」
しゃがんで視線を合わせながら声を掛ける。目が合うとふい、とエリオーネの方から目を反らした。
それに焦れたオルグはガッと顎を掴んで無理やり目を合わせた。そのエリオーネの表情は憎悪の色しか無かったが、それを見たオルグは満足気な笑みを浮かべた。
「さて、と……準備出来たかぁ?赤城さんよぉ」
エリオーネから手を離すとオルグは後ろの赤城に声を掛けた。
「とっくに出来ている。無駄な時間を取らせるな」
いつの間にか白衣を纏った赤城がつまらなさそうな顔で立っていた。その手には白い錠剤の詰まっている小瓶が握られていた。オルグはへいへい、と軽く受け流すと赤城と入れ替わるように下がった。
エリオーネは目の前に来た赤城を警戒するように睨み付けた。その視線を無視して赤城は小瓶の蓋を開けて錠剤を2錠手のひらに乗せた。
飲め、と一言命令して差し出されると、エリオーネは無言の拒否を示すように顔を反らした。
「……」
その態度を見た赤城は、エリオーネの頭をガッと掴んで壁に押し付けるとそのまま片手で口をこじ開け、無理矢理錠剤をねじ込むとその手で口を押さえつけた。
「ん、くっ!」
エリオーネが口の中に入った小異物を強要されるままに飲み込んだのを確認すると、赤城は手を離した。
押さえられていた事で少しばかり乱れた呼吸を整えていると、体内の異変に気付いた。
「っ、何……?」
内臓が蠢き、異様に熱を持ち始めたのだ。明らかに先ほど飲まされた薬が原因である事には違いない。
「自覚症状まで2分30秒。まあこんな物か」
「は……?」
腕時計を見ながらボソリと呟く声を聞き返すも、熱さを堪えるほうが必死であった。
「は、あ……っ、つ……ぁ!」
床に倒れこむと拘束された手で胸を掻き抱くようにし、必死に薬の効果に耐えるエリオーネの声が狭い地下室に響く。
その様子を見て、後ろで控えてたオルグが前へ出てくると足元で脂汗を掻きながら喘ぐエリオーネを見下ろす。
「いい眺めじゃねえの?なあエリオーネ?」
「っ……!く、あ…っ!っ、は……うっ」
クツクツと笑いながら見下ろすオルグを喘ぎながら睨みつけるも何の効果があるわけでも無く、ただオルグに満足感を与えるだけであった。

「で?どうよ俺の"ペット"の感想は」
「……」
「おい聞いてんのか?」
「……ぃ」
「あ?」
どうだといわんばかりの表情で返事の無い赤城に再び声を掛けると何かを言っているようだった。自分の話が無視されたそれが上手く聞こえずに赤城の方へ近づくと漸く聞こえた。それは付き合いが出来てから初めてみる様子だった。
「面白い……この薬でこの程度の症状で済んでいるだと?初めての症例だ。ならどれ程の量で?いや、そもそも他の薬への耐性はどれ程なんだ?解毒作用の薬でも同じような効果なのか?それとも……」
「(うーわめっちゃスイッチ入ってるし……)」
笑みこそ無いにしても早口であれこれと言葉を続けているその様子は、その顔は研究者の顔だった。初めて見るその様子に少々引きながらも、明らかに興奮している赤城に声を掛けた。
「で?どうすんのこれ。持って帰るのか?」
「ああ、これが終わったら研究室に連れ帰る」
問い掛けに対し、興奮が多少落ち着いてきたのか、先ほどよりはまともな返答をしながらエリオーネに解毒を飲ませた。
「殺すなよー?漸く捕まえたんだから」
エリオーネ本人の意思は最初から念頭に無い二人の会話が続けられていく。その会話を遠くに聞きながら、エリオーネのぼんやりと揺らいでいた意識は深い闇へと沈んでいった。

・捕まえたのはオルグと赤城
・「おかえりペット!」「漸く出会えた試験体」
・でもこの後、赤城の個人的研究室に移動。
・因みに冒頭に出てきたキャバ嬢の鞄をぶっこしたのはウメ。