あんころもち

【 かわずおやこの井戸中会議。 】



旧家で子の多い殿家の新年となると本邸には多くの親戚が集まり、夜は近況報告と言う名の大宴会が始まる。だが酒を多量に飲めない彰にとっては苦難でしか無く、何かと言い訳をして漸く脱出する事が出来た。
昨年まではもう少し耐えていた気がするが、今の彼には昨年までのように明るい宴会の場に身を置く事は出来なかった。大広間を、応接間を、何処を見回しても1人だけ見つからないのである。
何にしても1人分足りないのだ。だが、それを不自然であると口に出すものはいなかった。それは当然の事である。
そもそも『居るはずが無い』からだ。

「東……」
沈んだ顔で無意識に小さく零したその名前は、互いが互いを消しあい己の願いを叶えるゲームに選ばれ、そして消えた息子の物であった。だがその名前の持ち主はもう居ない。いや、最初から居るはずのない存在となってしまった。
死神から息子の名前を読み上げられた時、その理由も状況も分からず、ただただ混乱した。そして自身の行ってきた事すらも分からなくなっていた。
そんな事をモヤモヤと考えながら廊下を歩いていると、煙草の香りが流れている事に気付いた。見れば赤城が縁側の壁に寄り掛かるように座りながら、1人煙草をくゆらせていた。
「……親父か」
近づいてくる気配に気付いた赤城は彰の方に顔を向け、その姿を確認すると再び顔を戻した。
自分と同様に赤城も騒がしい場所は好まず、どちらかと言えば1人でいる事を選ぶ方が多い。だからここにいるのであろう。
この先は行き止まりである。宴会の場に戻るか、会話せずとも座って少し時間を潰すか。彰が選んだのは後者であった。
赤城は父親がこの場に留まった事も特に言及はせず、場には沈黙が続いた。
「……お前は、この現状をどう考えている?」
唐突に彰が口を開いた。本人も何故このような質問をしたのかは分からない。だが自然と口から出ていた。
「……俺には関係の無いの一言に尽きる。それはヤツが消えた事についても同様だ」
恐らく一番聞きたかったのだろう事を予想し、それも含めた率直な答えを述べた。
「……」
彰は息子の答えを黙って聞いていた。赤城も父の無言を先を促すそれと捉えていた。
「加えて言うなら、ここ最近消えただの死んだなどと断続的に聞こえるが、だから何だ?
俺は俺が生きていればそれでいい。他の誰が消えようと知った事じゃない。それは親父、アンタに対しても同様だ」
「……お前はこのゲームを良しとするのか?」
「ああ。このゲームは俺の目的を、理想を叶えるに願っても無い条件が揃いすぎている」
赤城は自身の本音を包み隠さず父に話した。こんな事で嘘を吐いても意味は無いし、必要性すら無い。
彰はそれを聞いても何も追求しようとはしなかった。知った所で今の自分がどうこう出来るものではないと自覚しているからである。
「そうか……」
「……アンタが何を望んでいるかなんて言うのは俺には関係の無い事だ。だが……」
赤城はそう言いながら立ち上がると、石壇に置かれていた自分の履物を履くとそのまま大広間の方向へと体を向けた。
半月による逆光を受けながら振り返リ、ジッと見据えると言葉を続けた。
「身の振りを決めず、今のままでいるのなら確実にやられるぞ。俺が敵だとしたら、確実にな……」
「……」
言葉を終えると赤城はそのまま大広間へと立ち去っていった。遠くなっていく、砂利石を踏むザッザッという音を聞きながら彰はその背を見送った。
「……私は、どうすればいいというのだ……」
投げ掛けられた言葉に返ってくる言葉は無く、虚空へ消えた。

・場所は殿家の本邸。純日本家屋。結構でかい。
・殿家は富裕層が殆どの旧家。殿家は親戚が一杯。
・彰氏はやっぱりめんどくさい人。
・オチと言う名のコアは破壊。