【 Have a nice dream 】
(――ここは何処だ? )
目が覚めた時、視界に広がっていたのは馴染みの無い天井だった。
確か樹海のダンジョンでアモルと戦ってて、それで……?
額に手を添えて目を閉じ、記憶を遡ろうとするが目覚めたばかりでボンヤリとした頭ではどうも上手くいかない。
諦めて天井をボーッと眺めていると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。重さを何となく感じる身体を起こし、入ってきた医者の姿を見てここが調査団の医務室である事が分かった。
「おお、目覚めたのかい?君、ダンジョンで倒れたって運び込まれたんだよ? 」
ダンジョンで倒れた?何でだ?意識を失うような怪我の痛みは無い。痛み――?
ハッと記憶が覚醒し、恐る恐る胸元にある痣を覗き込む。
「――っ! 」
無いのだ。そこにあった筈の、呪いの期限をカウントする羽根が無くなっているのである。
そんな筈が無い。ここ数年悩まされてきた物が突然無くなるなんて事が…?
「ん?何処か苦しいのかい?」
胸元を押さえるアーラの様子を見た医者の声で意識を引き戻される。
「え、ああ、いや……」
どう返答していいものかに迷い、言葉に詰まる。初めて顔を合わせた相手に呪いについて話す事が何となく憚られたのだ。
黙ったままのアーラを見た医者はフフと苦笑いを浮かべながら話し始めた。
「まあ戸惑うのも無理はないか。何せ長い事眠ってたんだからなあ」
「長い事……?」
「ああ、そうだよ?寝ている間、何度か魘されたりして、夢中になってたようだよ?夢なだけにね」
笑いどころはよく分からなかったが、医者は自分の言葉を気に入ったかのようにワハハと笑い飛ばした。
「さて、何処か痛む所はあるかな?」
カルテを片手にした医者からの質問にはノーの返事をする。それを聞いた医者は頷きながらカルテに短く何かを書き込んでいた。
「成程ね、じゃあもう退院してもいいだろう。着替えはそこね。じゃあとりあえず来週また来てね」
触診もそこそこに、何ともあっさりとした退院の宣告だけを残して医者は部屋を後にした。
「あ、はい」
そのあっさりさに呆気に取られながら、扉を閉める音に消されそうな声で返事をするが恐らく彼には届いていないだろう。
一人残されたアーラに出来る事と言えば、医者の言う通りに大人しく着替え、彼と同じようにこの部屋を後にする事だけである。
「――着替えるか」
閉じられた扉を見つめながら溜息を一つ吐き、のろのろと行動を開始した。
部屋を後にしたアーラが最初に向かったのは班長の元だった。
医者の言う通り、ずっと眠ったままなのであれば心配も掛けただろうし何よりダンジョンがどうなったのかも気になったからだ。
「何で誰も居ないんだ?」
ところが、向かった部屋に班長は居なく、それどころか誰とも擦れ違わなかったのである。
窓の外はすっかり日が暮れていたものの、だからと言って誰にも会わないのは不自然ではないだろうか。居ない相手を探していても仕方ないと見切りをつけたアーラは、ひとまず拠点を後にした。
ひとまず帰るか。そう思い、自分の家へと足を向ける。
普段は飛んで帰る事もあるが、今日は何となく飛ぶ気分では無かったので徒歩である。
市場に辿り着く途中で、よく見知った人物がアーラに気付き、走り寄ってきた。
「アーラさん!」
「よお、リーデ」
タータを連れたリーデリットは、平然としているアーラを心配そうな表情で見上げた。
「もう歩いても大丈夫なんですか?痛い所とかありませんか?」
「お、おお。とりあえずは大丈夫だって」
矢継ぎ早に体調の質問をされるが、それ程に心配を掛けてしまっていたのだろう。
大丈夫と答えると漸く安心したらしく、リーデリットはホッと胸を撫で下ろした。その様子に何だか申し訳なさが込み上げてくる。
「何か、悪いな。心配掛けて」
謝罪の言葉を述べ、もう大丈夫だからと再度告げながら彼女の頭をポンポンと撫でる。弟と年が近いためか幼い頃を知っているからか、つい妹のような接し方をしてしまう。
「でも本当に安心しました」
安堵の声をあげる彼女の笑みが何処かこそばゆく感じた。
「じゃあ、また明日な。気を付けて帰れよ」
「はい、アーラさんも。また明日」
ひとまずの別れの挨拶を交わすと、リーデリットは市場の中へと消えて行った。
懐いてくれているとはいえ、あそこまで心配されているとなると自分がどれだけ長く眠っていたのかが余計に気になる所だが、再び帰路を進む事にした。
「アーラ!」
リーデリットと別れ、歩いていると後ろから名前を呼ばれた。
振り返るとその声の主はその大柄な身体で通行人を掻き分け、ズンズンとこちらに近寄ってきた。
「よお、ダン」
「よおじゃねえよ。お前もう大丈夫なのか?」
こちらの様子を伺うダンを見て、どうやらアーラの事は調査団だけでなく各所の知り合いに知れ渡っているらしい事を悟った。
ああ、と返事をして一言、二言とダンとの会話を重ねていく内に一つの疑問点を思い出していた。
呪いの事やそれを示す胸の印の存在は彼も知っている事だ。となれば、何かこの疑問を解決してくれるかもしれない。
「--なあ、ダン。俺の、その、呪いの事なんだがな……」
「呪い?何の事だ? 」
「は?」
ダンの言葉に思わず素っ頓狂な声が出た。
訳知りであるダンが呪いの事を知らない筈がなかった。だが、彼の表情にふざけた様子は無く、本当に知らない風の顔をしていた。
「ダンジョンで何かあったのか?」
眉を潜めた、怪訝な顔をするダンの問いに言葉が詰まる。確かにあった筈の物が、ここまで無いものとされては逆にこちらの方が不安になってしまう。
「え?あ、いや、俺もよく分かんねえけど多分、夢の話だと思う」
「何だそれ。しっかりしろよ」
アーラのしどろもどろな答え方に、ダンは吹き出しながらアーラの肩にポンと手を置いた。どうやらまだ本調子ではないのだろうと判断されたらしい。
少し歩きながら会話をした所で分かれ道に差し掛かった。
「俺こっちだから。またな」
「イリヤにもよろしくな」
それぞれの行く方向は反対らしく、そこで分かれる事にした。挨拶もそこそこに、そのまま歩き始めたダンの背中に声を掛けると
振り返らず手をだけを振って、ダンは街中へと消えて行った。
もしかしたら本当に長い間眠っていたのかもしれない。もしそうならばこんなに喜ばしい事はない。
もう発作にも、いつ終わるかも分からない未来を恐れる事も無くなるんだ。そう考えると心がスッと軽くなった。
年甲斐もなく心を弾ませて家の扉を開けるとそこには弟の姿があった。
「あ、兄さんお帰りー!」
「ゾラン!?」
まさか弟がいるとは思わず、目を丸くさせる。そんな兄の様子など御構い無しに、弟は台所に立って何かを作っていた。
「お前、何やってんだよ」
部屋着に着替えながら、一人暮らしをしている筈なのに何故ここにいるのかと、料理中の弟の背中に質問を投げかける。
「んー?たまには兄弟水入らずもいいでしょ?」
言われれば確かにそうだが、たまにはと言われる程会っていないわけでは無いだろう。
そう思いはするが、何せ今夜は気分が良い。最高潮と言ってもいい程だ。
そっか、と返事をしながら食卓についた頃には弟の方から食欲のそそられる香りがしていた。
「そうだよー。あ、出来たよー!」
「お、美味そうだなー!」
出来上がったばかりのスープを皿に注いだ弟は、二人分の皿をテーブルに並べた。
揃ってテーブルについて、いただきますと一言。一口飲んだスープは温かく、美味しい物だった。
「料理、美味くなったな」
素直に感想を述べると、ゾランは喜んだ。発明品でも料理でも、作った物を褒められるといつもこういう表情を浮かべる。
その後はそれぞれがダンジョンで、どうだったこうだったと話し合いながら夕食の一時を過ごした。
夕食を終え、寝支度もそこそこに自分のベッドに横になる。
枕に頭を乗せ、目覚めてからを思い返す。
「そっか、夢だったんだな」
本当に夢を見ていただけなんだ。長すぎる夢を見ていたんだ。
そう思いながらフウ、と深呼吸をすると、一気に睡魔が押し寄せてきた。
ユラユラと波に揺れるように、微睡んでいく。その波に逆らおうとせず、ゆっくりと瞼を閉じた。
(――ここは何処だ? )
目が覚めた時、視界に広がっていたのは馴染みの無い天井だった。
・クエスト11、ダイヤモンドデイで見た夢。
・呪いなんて無かった。それが一番幸せな夢。
・我ながら嫌な夢を見ていたものだと笑ってました。夢の中で。
◎リーデリットちゃん(@トモさん)、ダンさん(@澤木さん)、ゾランくん(@榎本けふさん)お借りしました。