あんころもち

【 散る花火、散らない愛の花 】



「あっちぃー……」
日中ならまだしも、夜になっても残る夏の暑さに思わず言葉が漏れて出た。
そもそも、自分の格好自体が暑苦しかった。
と言うのも、城がダンジョン化したあの騒動で長いこと悩みの種であった呪いが解けたアーラは調査団を退団し、元いた騎士団に復帰していた。
そこまではいいが、復帰祝いと言わんばかりに待ち受けていたのは部隊の演習、他部隊との合同演習、そして遠方での演習。
その遠方での演習から帰ってきたばかりの格好は長袖にマントにブーツと、ほぼ完全装備の状態。アーラでなくとも暑いわけである。

ところで、街の様子が何か騒がしい。道行く人皆が何処かワクワクとした、まるで祭りでもあるかのような雰囲気だ。
これまでこの時期に祭りなんてやっていただろうかと不思議に思っていると、ある一角に差し掛かると屋台が立ち並んでいた。本当に祭りが催されていた。
(コルニオラかカフラーマンか。いや、コルニオラだな)
こういう新しい祭り事の発端は大体コルニオラ代表のライアンだ。
入口近くでふむふむと一人考えていると、よく知った姿に気付いた。
「あ、っと……」
その人物、リーデリットに声を掛けようとしたところで一度踏み止まる。
今、彼女に声を掛けると言う事はつまり返事を--ダンジョン攻略後に受けた、彼女からの告白の返事をしなければならない事を意味している。
勿論真剣に受け止め、お互いの事を彼なりに考えに考え抜いたその上で、答えは決めていた。
だが、いざ返事をするとなるとその精神的なプレッシャーはそんな軽々しいものではない。
とはいえいつまでもズルズルと先延ばしにする事も良くない。もうこのタイミングしかない。
そう決意したならば行動は一つである。

「よ、よお久しぶりだなリーデ!」
「アーラさん!」
少し距離の開いた辺りからリーデリットに声を掛けた。アーラの声に気付いた彼女が振り返ったところで、トトッと近寄っていく。
「お前も祭りに?」
「ええ、そうなんですけど、結構人凄いからどうしようかなって……」
彼女が言う通り、祭りの会場内は多くの人が訪れてごった返していた。確かに彼女の足では少し厳しい所があるかもしれない。
だがしかし、これは先程決意した事を実行するにはいい機会なのでは、と考えてしまうのが男の狡さである。
「じゃあ、一緒に歩かないか?」
そう話を持ちかければ、え? とキョトンとした顔で聞き返された。この人混みの中、一人で歩くのは大変だろうと話を続ける。
「じゃあ、お願いします」
少し思案するような間の後、思惑通り彼女に同行する事に成功したのであった。


(か、会話ってどうすればいいんだ……!?)
そう思っていたのは最初の瞬間だけであった。彼女との会話が長続きしないのである。
この後自分が起こす行動について考えるだけで脂汗がダラダラと流れてくる。
それに加えて、何より彼女に告白されてからの時間が開きすぎている気まずさと申し訳無さ、更には実はもう返事しても今更遅いのではという不安に冷や汗が止まらない。
心なしか胃腸の辺りがギリギリと軋むような音が鳴っているような感覚にさえ覚えてくる。ああ、情けない。
昔からここぞと言う場面でガチガチに緊張して、結局ヘタレな様だけを晒して終わるという事がこれまでの人生において何度あっただろうか。
「あの、アーラさん?大丈夫ですか?」
そんな事を考えていたら何処か遠い目をしていたらしく、心配そうな面持の彼女に声を掛けられた。
「え?ああ、いや、ちょっと暑いなぁ、なんて?」
「そう、ですか?それならどこかで休みましょうか」
自身のごまかし方がここまで下手な物だとは今まで知らなかった。情けなさだけが心に積み重なっていくのを実感した。
キョロキョロと辺りを見回す彼女を見つめながら堪らずに自己嫌悪してしまう。
「あ、あそこ座れそうですよ」
そうやって彼女が指差した先には二人掛け用のベンチがあった。それじゃあ、と祭りの人混みから外れてベンチへと向かい、二人並んで腰を掛ける。
このままでは色々とマズイ、マズすぎる。この状況は打開せねばならないーー そう思うが早いか、アーラはスクッと立ち上がった。
「あっ、俺、何か飲むもの買ってくるよ。ちょっと待っててな?」
(なあおい、どうするんだ。どうするんだよ、俺!! )
近くの屋台で購入した二人分のドリンクを持ちながら佇む。言うべき言葉は決まっているのにどうしてこうも踏ん切りがつかないのか。
気にする事など、お互いにもう何も無いのだ。互いに抱えていた物からは解放されているのだ。自分は今更何を恐れているんだ。
冷静に考えていくと、頭の中をグルグルと回っていた靄がスゥと消えていくのを実感する。今なら言える、そう思えた。
「ほい、お待たせ」
「ありがとうございます」
まだまだ冷たいドリンクを彼女に差し出すと小さな手でそれを受け取った。また二人並んで買ってきたそれを飲み始める。

「ーーなあ、リーデ。ちょっと、いいか?」
ドリンクを横に置いて居住まいを正したアーラの声色は今日一番、真剣な物であった。それを察したリーデリットもそれに倣うようにしてくれた。
もう後戻りはできない。無論、するつもりもない。
彼女は心からの想いを伝えてきたのだ。ならば自分も同じように、心からの想いで返事をするだけである。
「この前の、お前が言ってくれた事についてなんだが、その――」
彼女の手を取り、一呼吸。
「―― 俺の隣にいてほしい」
「え、あの、それってつまり……」
漸く言えたその言葉を聞いた彼女の大きな目には涙がジワジワと溜まってきていた。ああ、また泣かせてしまったな。
「つまりはその、こういう事、かな?」
彼女の身体を引き寄せてギュウッと抱き締めると、彼女の暖かさが伝わってきた。夢見ているようだと言う彼女も自分と同じように抱き締め返してくれた。
「もしこれが夢だとしたら、起きてもう一回言いにいかないとな」
笑いながら彼女の頭をソッと宥めるように撫でる。するとリーデリットは嬉し涙に濡らした顔を上げた。
「じゃあ、もう一回聞かせてください」
「え!?」
想定外の言葉に思わずドキッとしてしまった。こういう時、スマートに立ち回れない自分が情けないと思うのはこれで何度目だろうか。
だが今はそんな事はどうでも良い。今は彼女の事だけを考えていたい。
「――――好きだよ、リーデリット」
その言葉と、彼女の幸せそうな笑顔に遅れて、空には大きな花火が舞い上がった。

・嫁がフェアリーなんです。
・嫁が!!!!!!!!!!フェアリーなんです!!!!!!!!

◎リーデリットちゃん(@トモさん)お借りしました。