あんころもち

【 5枚羽根 】



非常に不愉快である。何が不愉快かといえば先程まで相手していた客の事だ。
元々気紛れに始めた商売、そこまで真剣に取り組んでいる訳ではないから客足が多いわけではなかった。
そんな中で久々にやってきた客の何と無礼な事か。
目当ての物がなかったらしく聞こえよがしに文句を言い、それが耳障りだからと声をかければ今度は直接的に文句を言われる始末。
不愉快以外の感情を何一つとして生み出さないその客の文句に10倍の言葉で応対すれば、今度はやれ旅人のくせにだのなんだのと論点のずれた話にまで発展した。
最後までブツクサと文句を言い続けたその無礼者をとっとと追い出し、少し落ち着こうと茶を淹れようとすれば茶葉の入ってる缶は空。
仕方ないから買いに行こうかと思えば外は雨。しかも雨脚は強い。
この中わざわざ茶葉だけを買いに外へは行きたくない。踏んだり蹴ったりとはまさにこの事である。
今日はもう店じまいにするかと入口の木戸を開けると、店の軒下で雨宿りというよりは座り込んでボーッと雨空を眺めている男がいた。
不審者か浮浪者か。いや、浮浪者にしては身綺麗な方だ。不審者ならば関わりたくないのが本音だが場所が場所だ。
声をかけない訳にもいかない。それにここで何をやっているのかという興味も沸いた。
「ねえ、何やってるの?」
まずは一言。ジロリと動いたその金色の目は暗く淀んでおり、何もかもを拒絶するような色をしていた。
するとその男は答えることなく目線だけがこちらに向き、空へと戻っていった。
「そこ邪魔だし怪しいからさ、とりあえず中入ったら?」
自分の店の前で倒れられても通報沙汰になっても迷惑だ。そう判断して中に入るように促すが男は無反応だった。
恩着せがましいかもしれないが、人の好意を無視するとは随分な態度だなとムッとしたところで、男がのろのろと立ち上がってきた。
そうでなくちゃあ話は始まらない。そのまま中に招き入れると、今度は素直に入ってきた。
「まあとりあえず座りなよ」
「で?」
来客用の席に案内しながらカウンターの奥を覗き込めば、以前客から貰ったまま残っていた葡萄酒をグラスに注ぎ、テーブルに置きながら尋ねる。
「別に…」
口を開いたかと思いきや素っ気ない一言。どこの女王様キャラだよ、と言ってやりたくなる態度だがまあ許してやろう。
「別にじゃないでしょ。今にも死にそうな顔して人の店の前で座り込んでたんだから」
そう言うも男は口を閉ざしたままだった。彼の姿を見た時に気づいた事は恐らくは騎士、もしくは調査団に所属しているか関係者。
他にも身体に何かの呪いがかかっている事、腰元にある翼が片方無い事。それで何となく察する事が出来た。
「成る程、翼が無くて落ち込んでるわけだ」
わざと口にしてみればどうやら正解だったらしく、ギロリと睨まれた。
「ああ、それで職を失って家無しに?それとも単に自暴自棄になって街中徘徊?」
わざと挑発するように質問を重ねる。男の眉間の皺がドンドン深くなっていくのがよく分かった。
「酒場の帰りで通り雨にぶつかっただけで徘徊してる訳じゃねえよ」
男は苦々しさを全面に出しながら漸くまともに喋り始めた。最初のあの様子はどうやら深酒をしていたためらしい。
「別にまだ職失ってねえし家も失ってねえし、ただちょっとばかし……」
男は言葉を続けながらジュースの入ったグラスを手に取って一口呷った。
ああ、これは酔っ払いの愚痴り酒に火をつけてしまったらしい。

―――俺はこれまでさ、家族とか友達とか他所からやってきた奴らの事とかも何かと気を掛けて時には面倒も見てきて?
ご近所同士のトラブルに巻き込まれたって『まあまあ』と宥めて仲介に立って和解の方向に持っていったりもしてた。
自分で言うのも何だけどそれなりに真面目に生きてきたつもりなわけだ。
なのに何でダンジョンでお前はカウントダウンで死ぬ宣言されて呪い掛けられなきゃなんねえわけ?
それでもまあ発作抱えながらも真面目に頑張って調査団としてダンジョン攻略に勤しんできたのに?
ピカピカ光ってるガキンチョが人形連れて空から降りてきて?向こうが攻撃してきたから応戦すりゃ倒したらマジで泣かれて?
人形なんて目じゃねえくらいの攻撃が上から降ってきて?
気が付きゃ片方無くなってて?しまいにゃ呪いのカウントも遂に減っていよいよ死にますよって? ――

「ふざっけんなよ何なんだよ馬鹿かよ理不尽かよ!!」
相当溜まっていたらしい不平不満をぶちまけきった男は、ダンッとグラスを叩きつけるようにテーブルに置いた。
つまりこの男は死ぬことを恐れているのだ。人が人としての生を終える瞬間がチラついて見える事を。
「なるほどねえ。人間ってのはやっぱ時代も場所も関係なくそういうものなんだねえ」
ウンウンと頷きながら納得の意を表する。死を恐れる者の気持ちが自分には分からない。何故なら自身の身体に寿命という概念が無いからである。
この地に辿り着いてこそ普通の人間と同様の生活を過ごしているが、本来の自分は言わば精霊やそれに類似した存在だ。そんな自分に彼の恐怖が分かるわけがなかった。
そんな感想を彼に告げると、恨めしそうにも羨んでいるようにも見える表情でハァー、と深い溜息を吐いた。
「寿命が無いってんならお前が羨ましいよ」
男が溜め息と共に吐いた言葉が癪に障った。例え知らずとも、何よりも嫌いな言葉を掛けられて我慢できるような冷静さは持っていない。
興味は失せ、代わりに沸々と込み上げてきた苛立ちが口から溢れ出た。
「じゃあとっとと人間辞めちゃえばあ?」
「あ?」
「さっき黙って聞いてれば女々しい事を延々べらべらとさあ、馬鹿なの何なの?君みたいなやつには寿命ある方がお似合いだよ」
そこからはもう、自分の独壇場だった。

―――寿命が無い事が羨ましい?はっ!君みたいな奴には寿命がある方がよっぽど良いよ。何でって?
あのね、死の概念が無い身体ってのはその代わりに何かしらの負が備わってる訳。別に延々と身体中を毒に犯されてるとかじゃないさ。
まあそれは置いておこう。要するに、僕からしたら君みたいな何ちゃってネガティブ思考回路な奴には不死なんて耐えられないって事だよ。
仮に君が不死になったとしよう。そしたら今の君はきっと万歳三唱で街中をハレルヤと歌いながら飛び回る事だろうね。
もう死に怯えなくて良いぞ!俺は不死身だ!ってね。そりゃテンションアゲアゲだろうさ。僕もようこそ此方側へって祝わなきゃいけないくらいだよ。
だけど未来の君はどうだろう?未来って言ったってそんなに遠くはない未来の君だ。
家族友人恋人同僚顔見知りのご近所さん、君の周りはそれ相応の寿命を迎えてどんどん死んでいくでしょう?それを看取るのは君の役割だ。
そりゃそうだよね、ここは不死の国じゃないんだ。周りがみんな不死なわけじゃあない。言っても長寿といった所だ。
例え生まれ変わっての輪廻転生したとしても、そいつは君と時間を共有したその人ではない別のやつ。
そんな風にして君と苦楽を共にしてきた人ら全員が居なくなった時、未来の君はきっとこういうだろうさ。
『俺は孤独だ。誰も俺の孤独を分かっちゃくれない』って。未来の君はきっとそう言いながらこんな筈じゃなかったと、生まれて死んでいく人々を羨みながらそれを見つめていくんだよ。
ふざけるなよ。不死に対してどれだけの夢と希望を抱いてるかなんて知らないけど、そんな甘っちょろい考えだけで羨ましいなんて言われるのは聞いててムカつくんだよね。 ――
「待て待て待て」
それで、と言い掛けたところで漸く彼は話を割って入ってきた。
「何さ」
「こうでもしないと俺の意見を挟むタイミングが無いじゃねえか」
「そんな物は無い」
不満そうな顔をした彼の言葉をバッサリと切り捨てる。この手のタイプの者の話は聞くだけ時間の無駄だ。
おい、と不服の声をあげる彼を無視してカウンターに乱雑におかれた書類をまとめ始める。
内容を軽く確認しながらそれぞれに分けていると、その内の一枚がヒラヒラと床に落ちていった。
それに気付いた彼が話をやめて拾い上げる。書かれてる内容が目に入ったらしく怪訝そうな表情になっていくのが見えた。
「…何だこれ」
「注文書。あれが欲しいだのこれが欲しいだのってね」
うちの店に客として来るのは興味本位や変わり者が6割、我儘な客が3割、そして辛うじての常識人が1割だ。
つまり、大多数は世間一般の常識から外れている事になる。
実際、彼が拾い上げた注文書の内容も普通のものではなかった。
「本物に近い義眼って…そんなもん、どうやって用意するんだよ」
「そこなんだよね~。どっかの死体から貰って来ないといけないんだけどなかなか都合がつかなくてねえ」
「いや、っていうかそもそも本物があれば出来るのかよ」
「作れるよ。あそこにも似たようなの飾ってあるでしょ」
そう言って指差したのは壁に掛けてある義肢。あれも実際に、とあるツテから引き取り手の無い死体の腕を貰い、加工したものだ。
彼が苦虫を噛み潰したような顔になるのを御構い無しに、機能の説明を続ける。
「特徴は何たって動力源。魔法や術を扱えない人が持つ魔力で自在に動かせる。筋肉や神経を繋いで長期のリハビリを、なんて事をしなくても短時間で第二の腕完成ってわけ」
まあ慣れるまでに時間は掛かるだろうけど、と最後に付け加えれば彼はしげしげとそれを眺めていた。
「一応無くても作れるよ。どっちにしても馴染むのが早いかどうかは本人次第」
補足を付け加えながら外を見ると雨は止んでいた。それを口について出すと、彼も同じように外に視線を移す。
「じゃあ俺は帰る。ありがとよ」
そう言うと彼はそのまま出て行った。


・最終ダンジョン前。
・めざましビンタ(フェアリー)を頂いた後です。
・酔いどれのアーラと謎の道具屋、天璇。