あんころもち

【 逝き生き 】



真っ暗だ--何も見えない。何も聞こえない。此処は何処だ?
俺は何をしていた?身体が熱くて痛い--
そうだ、確か死神に遭って襲われて、リーデリットを逃がしてそれで戻ってきたあいつを--そうか、俺は死んだんだな。
そうか、死んじまったのか-ーどうりでふわふわしているわけだ。
つうか死んだ後ってこんな感じなんだな。もっとこう、綺麗な花畑が広がっててその向こうで死んだばあちゃんとかが見えてって聞いてたんだけどなあ--

「ふうん、何アンタ。死んじゃったのぉ?」
突然何処かから聞こえてきた声にキョロキョロと辺りを見回す。
「こっちよ、こっち。上よ」
言われるがままに上へと首を向けると、羽根を持った女が空に座っていた。
見覚えのあるその羽根をはためかせながら、挑発的な笑みを浮かべていた女はまさしく--
「しつこい女はモテねえぞ」
「あらぁ。人の顔見ただけで邪険にする男もモテないわよぉ?」
「余計なお世話だ。最期まで出てきやがって」
「アタシの最期はアンタだもの。アンタの最期にはアタシが居なくっちゃ」
ウフフと笑うこの女こそ、俺に呪いを、羽根の刻印を与えた張本人だ。走馬灯にまで出てくるのだから、全く執念深いことこの上ない。
「それにしてもアンタ、随分呆気なかったわねえ。もうちょっと粘るかと思ってたケド、まさか期限が来る前に死ぬなんて」
残念、と言う割りには嘲笑しているその表情に不快感しか覚えない。どの面を下げて、とはまさにこの事だ。
「誰の所為だ、誰の」
その言葉に返事は無かった。
彼女がアーラの胸辺りを指差し、そのままスイッと指を上げると彼女の掌上にはアーラの胸に刻まれていた印があり、それを掌上や指先でクルクルともて遊ぶように弄っていた。
「ま、この際何でも良いわ。アンタがこうやって死んだならこれはこれで、ね?」
「……」
そう笑いかける彼女の言葉には答えず、ジッと睨めつける。すると彼女はふう、と溜息を一つ吐いた。
「じゃあまたね、小鳥さん」
ヒラヒラと手を振りながら、印を手に持ったままの彼女は闇へと消えた。
「二度とごめんだ。くそったれ」

死の間際だっていうのにどっと疲れた。最期までこんな調子なのかと思うと涙が出そうになる。
それにしても俺の人生、何だったんだろうなあ。
親父は何処かで浮気して突然「お前の弟だ!」ってゾラン連れてくるしお蔭で年頃の息子を目の前にして夫婦仲は一触即発だし家庭内での癒しはゾランだけだったし、
学生時代に惚れた子に告白すりゃそう言う目では見れないってフラれるし、その後も全然モテねえし、ダンジョンだの旅人だのって色々とゴタゴタが始まるし、
来ちまったのは仕方ないだろって旅人とかに声掛けたり色々面倒見てたらやめとけとか何とかってゴチャゴチャ言われるし、
入ったダンジョンで魔女とか言う女に八つ当たりで呪われて苦しい発作との共同生活始まるし、日常でもダンジョンでも何か色々なやつに絡まれたり振り回されたりしたし
子供相手でちょっと戦いにくいなとか思ってたらそいつのせいで羽根は片方無くなるし--
え、ロクな事無さすぎないか?いやいやいや、もっとあるだろ色々あっただろ?
しっかりしてくれ俺の走馬灯、最期くらいもっといいモン見せてくれよ。
もっと何かこう--ああ、そう。周りには恵まれてただろ。
まだまだ子供だと思ってたゾランだって大きくなったし、イリヤもすっかり明るい子に育ったし、フルーゾアとかオレオールとか同僚は良い奴らだし。
金縷梅やインフーもすっかりこっちに馴染んでるみたいだし、トゥリ達と飲む酒は楽しかったし。
反抗期は直ってねえけどイグニスだってやる気のある後輩なわけで、それにリーデリットも懐いてくれてて--
そうだ、リーデリットは?あいつ、無事に逃げ出せたのか?
『--』
あ、何の音だ?
『--!』
違う。音じゃない、声だ。誰かの声が聞こえる。誰だろう。
『--』
怯えてる?いや、泣いてるのか?一体何に?
もし泣いてるなら、誰かが側に行かなきゃだろ。
行かなきゃ、何で泣いてるのか聞かなきゃいけないだろ。それで、もう大丈夫だって、誰かが言ってやらなきゃ--
--あ、何だろうこの光。陽だまりみたいな、宝石みたいな光だ。
温かくて、心地良い--

「リー、デ…?」
重い瞼を開けるとそこには、目に一杯の涙を溜めたリーデリットが居た。
「アーラさん!」
自分が目覚めたのを見ると、バッと胸に飛びついて来た。
良かったと呟くその声と身体は震えている。のろのろと腕をあげてそっと彼女の頭に手を添えると、彼女も涙一杯に濡らした顔をゆっくりとあげた。
「泣かせて、ばっかりだな--」
彼女の目元に溜まった涙を親指の腹でゆっくりと拭いながら、落ち着かせるように指先と同じようにゆっくりと言い聞かせる。
「もう大丈夫だから、な?」
そう言うとコクリと頷いた彼女の目からまた一つ、ポロリと涙が溢れていた。

・未来予知という呪いがアーラが一度死んだので、要するに呪いから解放されました。
・それに気づくのはもう少し後の話。

◎リーデリットちゃん(@トモさん)お借りしました。