あんころもち

【 オトモダチ 】



アーラは城壁の内にいた。何度も入った事のあるそこはいつもの様相ではなく、陰鬱で不気味なものであった。
「好き勝手してくれるぜ、全く…」
何度も入ってきたダンジョンだが、此処は他のそれらよりも明らかに何かが違っていた。 身近な場所がダンジョン化したからとかそういった考えを抜きにしてもである。
雰囲気も、周りに潜む気配も敵そのものの様子も、何もかもに違和感しかなかった。
そんな中を一人で進んでいくのは危険極まりないものである事は承知の上だ。 だがしかしそれでもこの中を進まなければならない。
(あいつは何処まで進んでいるんだ…?)
アーラの探している人物、リーデリットは単独でダンジョン入りをしたらしい。彼女のダンジョンに対する考えや中での様子を考えればそれはただの無謀でしかない。
だからこそ、アーラは彼女を追って単独で突入した。会って、話をするために。
「っと、次の階か……」
次の階層へと至る扉の前につくと左右の気配を確認してから足を踏み入れた。

先程までの鬱蒼とした雰囲気とは打って変わり、そこはぬいぐるみや人形が多すぎるほどに飾られている子供部屋になっていた。
恐らく女児向けと思われる部屋にいるはずの敵を探ろうと周囲を見回していると、不意に幼い声が聞こえてきた。
「こんにちは!」
人形たちの間から現れたのは青いドレスとリボンを付けた、長い髪の少女だった。いや、少女というには小柄すぎる。小人の類か或いは別の種族か。
何にせよ、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべる彼女が恐らくこの部屋の主、つまり敵ということになる。
「 こんにちは!私、ヌーオゥっていうの!エヌって呼んでね」
そう名乗ったエヌはピョンピョンと跳ねるように人形たちの元に近づいて行った。
「ここにはね、エヌのオトモダチがいっぱいいるの!この子も、あの子もその子も!」
自らの友達だと言いながら順番に手を取っていく。その様子からは敵意は感じられず、ただ純粋に自分の元に客が来た事にはしゃいでいるのようにも見えた。
この階層は案外早くに抜けられるかもしれない。アーラがそう思ったところでエヌがくるりと振り返った。
「ここはね、エヌと『エヌ様』のお部屋なの!」
サラリとした発言に含まれた『エヌ様』という新しい存在を聞き捨てるわけにいかなかった。
「なあ、そのエヌ様ってのは誰だ?」
屈んで目線を合わせてから先程の発言について尋ねる。すると彼女はキョトンとした顔で小首を傾げた。
「エヌ様はエヌ様だよ?エヌとオトモダチになったら、エヌ様にも紹介してあげるね!」
実に子どもらしい提案ではあったが、その提案にザワザワとした胸騒ぎを覚える。
「なあ、君のお友達は他にも居るのかい?」
「ええ!この子もエヌのオトモダチなのよ!」
アーラの質問に元気良く答えるエヌが示したそれは、そっと触れると冷たく固い人形だった。
人形やぬいぐるみを友達だと称する子どもは珍しくないが、彼女のそれは明らかに違う。
「エヌと同じお人形さん。オトモダチだもの、お揃いがいいでしょ?」
にっこりと微笑むその笑みを無邪気だと表した事を取り消したい。刹那にそう思わざるを得なかった。
こんな所で足止めを食らっている場合ではない。そうとなればやる事は決まりきっている。
「残念だがそれは無理だ」
「うん、分かった!じゃあオトモダチにするね!」
話を聞けと言った所で無駄なのだろう。だったら此方も話を聞かないだけだ。
「じゃあまず、人付き合いに必要な最低限のマナーを教えてやる」
「マナー?」
「まず人の家に来た時はお邪魔します、だ!」
言い切るが早いか、剣を抜くと彼女目掛けて低空で一気に切り込んだ。

・ヌーオゥちゃん階、一周目。
・もしくは、もしも一人で会ってたらってことで…