あんころもち

【 イライライバラ 】



三人はザクザクと草の根を踏み、ほんのりと灯る手元の光だけを頼りに歩みを進めていた。
この階層は茨垣が所々に生い茂り、行く道に壁を作って行き止まりにしており、なかなか前に進んでいるという感覚を掴めずにいた。
「それにしても深いねー。もう木にも見飽きちゃうよ」
「そうだな。気を付けないと木の根に足を、おわっ!」
フルーゾアの方を向きながら注意するように言いかけたところで、アーラ本人が木の根に足を取られて思わず前によろける。
倒れはしなかったものの、夜目があまりよくないからと充分注意してはいたが一瞬の油断だった。
「アーラ、大丈夫かい?」
オレオールの心配する声にああ、と生返事をしながら体勢を整える。その時、何処かで何かが動く気配を感じた。
「誰かいる――二人とも注意しろ」
剣の柄に手をかけていつでも抜刀出来るようにする。二人も同じ様にして武器を構えた。
複数では無く単体の、草の根を踏むというよりはその上を這うようなシュルシュルとした音が、確実に何かが近付いてきていた。
来る。そう直感し、前方の一点を凝視しているとガサッという音と共に亜人の女が姿を現した。
若葉色と白色の下半身を持つ、ラミアの女の身体にはこの階と同様に茨が巻き付いており、所々には彼女の瞳の色と同じ赤い薔薇が咲いていた。
何を言うでもなく、攻撃を仕掛けるでもなくただジッと見つめていた彼女は口を開いた。
「私、醜いでしょう?」
何を思っているのかがよく分からないが、もしかしたら彼女の茨は生まれつきの物ではないのかもしれない。
「昔はね、皆が美しいと言ってくれたのよ?でも今じゃこんな醜い身体……」
こちらがどうと答える前に、彼女は完全に一人の世界に入り込んでいる。一番反応に困るタイプの性格のようだ。
スルスルと尾を地に滑らせながら、自らの現状を憂う言葉を吐き続けていた。
「アーラ、どうする?」
そっと小声で聞いてきたのは杖を構えるフルーゾアだった。魔法の発動はいつでも出来るといった表情をしている彼の問いに一思案する。
「もう少し様子を見よう。どんな出方をするかが分からない」
フルーゾアがコクリと頷くのを見て、視線を彼女に戻すとまだ自身の身を嘆いていた。
様子を見ようとは言ったものの、そろそろどうにか動き始めなければペナルティが発動してしまうかもしれない。死神に遭遇など御免だ。
すると彼女は唐突に、バッと視線を映してこちらを凝視してきた。
順々に一人一人の全身を見つめる視線の動きに合わせるように、彼女の身体に咲く薔薇は段々と色黒く変色していく。
その様子には嫌な予感しかしなかった。
「貴方は、とても綺麗ね―― 何て憎たらしいのかしら…っ!!」
瞳をギョロリと揺らした彼女がブンッと尾を振ると、彼女に生える茨がその勢いと同じようにこちらへと伸びて襲いかかってきた。
「避けるんだ!」
オレオールの言葉と同時に分散し、鞭のように振るわれたその茨を避けた。
「ああ痛い…身体の外を、私の中を異物が這い回っているの……」
「貴方たちはとっても綺麗。異物の無い、綺麗な身体。何て憎いのかしら」
襲い掛かる茨を切り落とし、魔法の炎で燃やしながら応戦するが、彼女も地から茨を生やして鞭を振るってきた。
この間もなお、自らを憂う彼女の身に何があったかは知らない。
だが、その言葉を聞いている内に段々とアーラの中に、もう誤魔化しきれない程の苛立ちが積もってきていた。
(何でこいつはこうも嘆く事しかしてないんだ。何で前を見ようとしない――胸くそ悪い )
(自分だけが可哀相だと思っているのか?現状を変えようとしたのか?解決策を探そうとしたのか? )
何で何でと納得の出来ないという言葉しか浮かばず、それが苛立ちへと変換されていった。
とはいえ、このまま避け続けていてもキリが無い。一気に終わらせてしまう事が善策であろう。
グッと地を蹴り、茨を避けるように低く滑空して彼女の懐へと一気に飛び込んだ。
「いい加減に、しやがれっ!」
術の発動を止めさせるために威嚇程度に剣を振るうと狙い通り、茨は地に落ちた。
フルーゾアたちの得意魔法も相まって優位なのはこちらである。それを示すように、地に落ちている茨の殆どは炎の燃料と化している。
彼女は今の形勢を不利と理解したのか、ジリジリと後退を図っているようであった。
すると、ふと気付いたように彼女は小首をかしげながらアーラをまじまじと見つめていた。
「――――」
彼女はアーラの位置でようやく聞き取れる程の音量で小さく囁くと、そのまま後ろを振り向いて逃走した。
「――っ!待ちやがれ!」
「待つんだ、アーラ!」
オレオールの言葉を聞き流し、彼女の後を追う。ボソリと呟いた言葉が聞き捨てられない物だった。
少し進んだ所で垣根の壁に阻まれ、結果的にアーラが追いこんだ形で二人は対峙した。
自身の前に立つアーラをジッと見つめる彼女が口を開く。
「貴方は私と同じ、異物を抱えている」
「うるせえ――お前と、一緒にするんじゃねえ!」
彼女の言葉が虫唾が走り、癪にさわり、我慢できなかった。次の言葉など聞きたくもなかった。
そんな相手に対して情けを掛ける余裕などなく、彼女が二言目を紡ぐ前に剣を振るった。
「っ、ああ、にくい……」
最期まで他人を憎む言葉を吐き続けた彼女が動かなくなった事を確認すると、剣を鞘に治めて背を向けた。
異物、呪いの事を言っていたのだろう。だが彼女と一緒だと思いたくなかった。
自分はこの身に起きた現実を嘆いたりしていない。世界を妬んでない。まだ絶望もしていない。まだ諦めていない。まだ、まだ――
彼女の言葉を反芻すればするほどに苛立ってくる。不意に右手に痛みが走った。
負傷したかと思い、見てみると茨のような針が刺さっていた。彼女の遺した物だろう。
「くそったれが……」
その痛みにさえも苛立ち、その針をバキリと折った。折れた針と共に捨てた言葉は苦々しいものであった。

二人の元に着いた時、オレオールの表情は何処か渋いものであった。
「アーラ、深追いも止めの刺し方も君らしくないよ」
オレオールの言葉を黙って聞きながら剣を鞘に収めると、小さく一呼吸した。
「そうだな…悪い。お前の言う通りだったな」
彼の言葉は正しかった。敵の言葉にカッとなり、問答無用の態度を取ったのは事実だ。
肯定と謝罪の言葉を述べ、込み上げてくる情けなさをふり払うようにガシガシと頭を掻いた。
「ねえあそこ、あれが扉みたいだよ」
場の空気を変えようとしたのか単に気にしていないだけなのか、いつも通りの調子でフルーゾアが指差した先にはアーチ状の茨垣があった。
彼の言う通り、あそこが次の階へと続く扉なのだろう。
「よし、行こう」
先頭に出たアーラは進む事を促しながら扉へと近付き、そのまま三人は扉を抜けた。

・嫌いなタイプは不幸を嘆くだけの人、アーラです。
・苛々よくない。

◎フルーゾアさん(@綿原さん)、オレオールさん(@桃井さん)お借りしました。