あんころもち

【 あれも現実、これも現実 】



ダンジョンを無事に攻略し、打ち上げとして散々に飲み食いしていた店を出て三人は帰路にいた。
その道中でも話題は遭遇した敵や戦闘での動きに対する反省点などダンジョンでの話であった。
「あ、私ここからすぐなのでこの辺りで大丈夫です」
幾つかの通りに出られる分かれ道に差し掛かった。
リーデリットが一つの通りを指差しながら歩みを止めると、自分はもう一方の通りだとイグニスも別の方向を指差した。
「じゃあここで解散だな。イグニス、真っ直ぐ帰れよ?」
「いつまで引率気取ってんだよ。言われなくても帰るっつうの」
アーラの軽口に対し、機嫌の良さそうな顔をしながら返ってきたイグニスの憎まれ口。
そんな彼の態度をリーデリットが窘めて、そしてそれに対して更に反論するイグニス。
ダンジョンの階層を進む毎に色々あったが、一周回って普段通りになったようで安堵した。
「おーい、夜も遅えんだから喧嘩すんなよ」
ムムムと睨みあう二人の頭をグシャグシャと撫でながら間に割り入ると、一人ずつ両肩を掴んではそれぞれの帰り道の方向へクルリと向けさせた。
「ほれ、帰るまでがダンジョン攻略だぞ。帰る時はさっさと帰る!」
酔っ払いだの何だの言うイグニスの言葉は聞き流しながら、二人の背中をトンと優しく押し出す。
「お休み。またな」
押されながら振り返る二人に向けて笑顔を向けながら軽く手を振る。
ペコリと頭を下げたり手を軽く挙げたりとめいめいに挨拶を交わし、パーティは解散した。
二人の背中をある程度見送った後、アーラ自身も地を蹴って自分の家のある方へと飛び立った。

程良く酔った身体にひんやりとした夜風が心地良い。アルコールによって火照った顔が冷めていくのを感じた。
「――っ!」
突然心臓に激痛が走る。
バランスを崩したアーラの身体は体勢を立て直す事も出来ず、何処かの路地裏へと落下した。
積まれていた木箱たちの上に背中から衝撃をもろに受けたが、心臓の痛みはそれを凌駕するものだった。
「ぐ、ぁ…っ、く…」
発作的に起きた、今までに何度も味わってきたこの、ギリギリと締め上げられているような痛みが己の命を蝕んでいる事をアーラは知っていた。
思わず地に転がった身体は呼吸も満足に出来ず、レンガ造りの壁へと這い寄るのが精一杯であった。
「はっ…チ、クショ…」
ゼイゼイと必死に息を吸おうにも充分に肺へ入っていくわけでもなく、呼吸と言うにはあまりに浅すぎた。
ここ最近、この発作が起きる事が無かったので油断していた。
いや、気をつけてどうにか防げる物では無いのだが気が緩んでいたのは事実である。
(どういうタイミングしてんだよ……)
アーラはそう思わざるを得なかった。
『お前は死ぬ』
ダンジョンの中で昔の自分を模した幻影に言われた言葉が脳裏に蘇った。
しかしそれを振り払うだけの余裕は無く、その場面だけが延々と繰り返される。
命を蝕む呪いを抱えた身体、そしてその末路を突きつけられたその日の終わりにこの有様だ。
つくづく運の悪いと思える程には、発作が落ち着き始めてきたらしい。
とはいえ、元々ダンジョン攻略で疲れ切り、発作によって体力も気力も根刮ぎ持っていかれた身体を起き上がらせる事は容易ではなかった。
ボンヤリとし始めた意識の中で浮かび上がるのはこのまま此処で寝たら風邪を引くかもしれない。
酔っ払いが寝ていると通報されるが早いか、町医者に担ぎ込まれるが早いか。
いずれにしろ不名誉な印象が広まる事は待った無しだろう。それは嫌だなと呑気な事しか考えられなかった。
左胸を押さえていた手を動かす事が怠い。
そんな今の状態ではどんなアクションを起こす事もままならなかった。
(見つかった時、死人扱いされなきゃ、もう何でも良いか……)
押し寄せる暗闇に抗いきれず、アーラは瞼を閉じた。

・ホログラム、ウソつかない。
・この後どうやって帰ったのかは未定。多分酔っ払い扱いされた。

◎リーデリットちゃん(@トモさん)、イグニスくん(@琉花さん)お借りしました。