あんころもち

【 電子的絶対零度 】



この胸の違和感は一体何なのか。ダンジョンの中を進みながらアーラは考えていた。
ここに足を踏み入れた時、根拠も無くただ何となくといった程度であったがザワリと嫌な胸騒ぎがした。
とはいえ、今ここでパーティ内に余計な不安を抱えさせる必要など何処にも無い。そう結論付けて何も言わず、ダンジョンに入ったのが数時間前の事である。
「ったく、どいつもこいつも大した事ねえな!」
「そうですね、この調子でどんどん行きましょう!」
自信満々に声を上げるのはイグニス。それに呼応するように言うのはリーデリット。
どちらもこの異分子に対して快くは思っておらず、それ故にか攻略に関しての意欲は充分過ぎるほど。加えて同い年と言う事もあり、ダンジョンへの入り口に向かう途中ですっかり意気投合していた。
すっかり先陣を取っているイグニスとリーデリットのすぐ後ろを立ち位置とし、後方を警戒しながら階層を突き進むとヒヤリとした空気に満ちていた。
辿り着いた今この時点では敵らしい影は見えず、とりあえず奥へと進む。
隠れているだけなのか本当に誰も居ないのか、様子を探りながら歩いていると不意に上下からの光と共にヒトが投影された。
男とも女とも言えないソレが協力者では無い事だけはハッキリと分かった。
「生体反応確認。侵入者と判定。排除命令を実行します」
攻略を始めてからすっかり聞き慣れてしまった一本調子な声が明らかな敵意を示す。
「気を付けろ、来るぞ!」
アーラが叫ぶが早いか二人が反射的に避けたが早いか、その直後にノズルから噴射されたのは尋常ではない冷気。その冷気がこの階層の空気が冷えている理由を教えた。
(電気の次は氷かよ! )
アーラは思わず内心で舌打ちした。
そういう傾向なのか偶々なのか、これまでに遭遇してきた敵には電撃を操る者が多かった。
アーラ自身は電撃の攻撃があまり得意では無く、氷を操る攻撃も同様であった。
だが、例え得意だったとしてもあのあの冷気に当たってはいけない。あれは一瞬で命が凍り付く代物だと、アーラは本能的に察した。
「アーラさん、どう行きますか?」
横からリーデが声を掛けてきた。やる気に満ちているその表情は恐らく、アーラの一言で単身突撃もしかねないだろう。
流石にそれは危険だ。敵は再度冷気を発射させるためにエネルギーを溜めているようであったが、だがノズルは完全にこちらに狙いを定めていた。
ああでも無いこうでも無いと、考えあぐねているとイグニスが不敵の笑みで声を上げた。
「何だよおっさん、ビビってんのかよ」
こちらはアーラの一言が無くとも、今にも突撃しそうな血気盛んの様子であった。
「ビビってんならチビと二人で下がってりゃいいだろ」
イグニスはレイピアを構えながら前に立つ。すると、リーデリットはそれよりも前に立つようにズイッと歩み出た。その表情は明らかに不快そうであった。
「あ?何だよチビ。何か文句あんのかよ?」
「……」
リーデリットの様子に少々の苛立ちを覚えたのか、イグニスは余計に挑発的な態度を取る。二人の中の空気は、意気投合していた先程までが嘘のような険悪さになっていた。
彼の言葉に答えず、ふいっと顔を背けた彼女の様子は火に油を注いだようで、イグニスの苛立ちは更なる物となった。
「おいシカトしてんじゃねえよこのチビ!」
「私はチビって名前じゃありません!」
「だーかーらー、お前らここで喧嘩すんなっつの!」
一触即発な二人を引き離すように、その間に割って入る。
敵と戦闘する前に仲間内で喧嘩しては元も子もない。元より此処は呑気に喧嘩するような場では無い。そしてその敵は今目の前にいるのである。
そう二人に言うと、リーデリットは反省の色を見せ、イグニスの方は余計に闘争心が込み上げたようであった。
「あ?なんだよやんのかおっさん」
何故そうなる。思わずそうツッコミを入れたくもなったが堪える。
「やるも何も、敵を倒した数で勝負って言い出したのはお前だろ」
道中での会話を掘り起こしながら冷静に答えた。
「言われるまでもねえ!俺がアイツをぶっとばす!!」
言うが早いか、イグニスは敵の元へと飛び込んでいった。
「あ、こら!いきなり飛び込むなっつの!リーデ、援護頼むぞ!」
「はい!」
こうして幾度目かの戦闘が開始した。

・今回は旅人粉砕同盟の引率です。
・こういうときもあるかなとかそういう感じの…。

◎リーデリットちゃん(@トモさん)イグニスくん(@琉花さん)お借りしました。