【 傷は男のエトセトラ 】
オレ達の偽物が居る。近所に住む子ども達から目撃情報を受けたのは、一般市民を避難誘導している真っ最中だった。
自衛軍の隊員たちとそっくりの偽物が出現している事は通達されていたが、まさかこんな近くに来ているとは思っていなかった。誘導を他の隊員たちに任せ、情報にあったエリアに駆けつけるとそこに二人組が見えてきた。
髪や肌の色、表情の雰囲気と違う箇所だらけなのに、目の前に立っているのがスフィアだと分かる。敵前ながら思わず傍らにいる相棒と顔を見合わせてしまう。
ここで一つの点に気付いた。目撃情報はオレ『達』の偽物が居たという内容だった。そしてすぐそこにいるのが恐らくスフィアの偽物。と言う事はつまり、その横に立っているのが──
「おいそこのチビ。お前だ、そこの茶色いお前」
二振りの大剣を腰に提げ、髪から肌から服、全身が紫色がかった長身の男がオレと同じ声で呼びかけてきた。
「本当にお前が俺のオモテなのか? お前みたいなチビが?」
「誰がチビだゴラァ!!!!」
反射的に噛み付く。しかしそれを気にする風でもない紫色のオレはウンザリとした顔で大袈裟な深い溜息を吐いた。
「あまり認めたくないがまあ良い。光栄に思え! ちんちくりんなお前のウラガワが、顔もスタイルも実力も文句無しなオレである事をな!!」
「馬鹿じゃねえの?」
率直な感想が飛び出た。ウラガワのオレはよく喋る男らしい──今も延々と見た目がどうこう話し続けている──が内容はあまり頭に入ってこない。しかし、自分に酔いきった言葉をべちゃくちゃと話すオレだと思って見ると反吐が出そうになる。
ウラガワだからこそなのか、オレ自身にもそういう側面があるからなのか分からないが、出来れば前者であって欲しいと願いたい。
チラリと視線を移すと、相手の初手を警戒するスフィアは若干引き始めているように見えるが、ヤツの隣に立つスフィアは伏し目ながらも慣れている様子だった。いや、寧ろ興味が無いのかもしれない。
「そもそもお前は美しくない。そのちんけな見た目、その醜い傷。見るに堪えないんだよ。おチビくん」
その一言で遂に堪忍袋の緒がブツリと切れる音がした。
そもそもオレのウラとか言うがその割に見た目が合ってなさすぎるだろ。何でアイツの方が背が高いのだ。正確には分からないがどう見ても180センチは間違いなくある。納得が行かない。散々コケにされた事を合わせて考えれば、オレにしてはよく持った方かもしれない。
頭の中が、腹の底が、カーッと熱くなってくるのが分かる。身体の奥底からどうしようもなく込み上げてくるこの感情が何なのか、オレは知っている。
目の前にはウラガワのオレを名乗る薄紫のノッポ。更にその遠くに見えるのは何処からやってきたのかよく分からんデカブツ。ああ、何でこうもオレの周りには見上げる物が多いんだ。
「ムカつくぜ……」
ボソリと漏れた言葉を聞き取れなかったのかウラのオレが片方の眉を上げる。だがそんな事はどうでもいい。
「どいつもこいつも──見下ろしてんじゃねえぞ!!!!!!!!!」
・
こちらの剣をハサミと言うならウラの剣は言わば鉈。その得物をぶつけ合う鈍い金属音が辺りに響いている。
手数やスピードはオレの方が幾分速いが、長い手足で立ち回るウラの動きに無駄は無く、隙を見せる瞬間も決して多くなかった。
実力はほぼ互角。だからこそ決着がつかない。刃を交えては離れ、斬りかかっては受けてを繰り返し決定打が無いまま互いに細かい傷を作り続けていた。
(重い──)
斬り合いが続き、体力が削られてくる程に敵の太刀筋の重さが身体に響いてくる。一口に大振りの剣と言えど、お互い自身の体格と比べての大きさだ。こちらと比べて重量が増すのは悔しいが当然の事だった。
ギリギリと何度目かの鍔迫り合いで火花が散る中、互いに出方を伺う。この大振りの刃に叩き折られたりでもしたら戦況は一気に悪い方へと転がるだろう。だがそこに気を取られていては鋭利な切っ先が襲い掛かってくる。
自信過剰な素振りが目立つ男だが、厄介な得物を十分に使いこなしているだけの技量はある。オレを見下ろす涼しげな表情がやけに腹立たしいのはオレと同じ顔だからなのか、あるいは同じ顔の癖して高い位置にあるからか。
睨み合いが続く中、ふと奴の視線がオレから外れた瞬間、その目はすぐにニイッと細まった。まるで何かを狙う鷹のように。奴が見ているのはオレの頭を通り越したその先。つまり狙いは──
「っ、スー!!!!」
ウラの振り下ろした剣の切っ先が、皮膚をジャッと裂く感覚が走る。ウラが振り下ろした刃を左で払おうとしたが少しタイミングがずれてしまったらしい。
薄く開けた左目は真っ赤に染まっていた。痛くないと言えば嘘だが瞼の下で目玉の感覚は生きてる。なら大丈夫だ、まだやれる。
「オレの面してとんだクソ野郎だなテメェ」
刃を受け止めた剣を握る手に力が入る。ウラのスフィアが何かしたのか、スフィアは殆ど動けない状態だった。そんなスフィアを狙うコイツの卑怯さに先程までとは違う、コイツだけは絶対に許さないという怒りが込み上げてくる。
狙いが外れた事に舌打ちをし、体勢を立て直そうと後ろに飛び退く奴の懐が空いた。地面を蹴る勢いに乗ってがら空きとなったウラの目前へと飛び込んだ。狙いはただ一つ。
「テメェの相手は、オレだろうが!!!!!」
雄叫びと共にそのスカした面に頭蓋骨を叩き込む。着地の事はあまり考えていなかった。
・
一転、二人の視界が変わった。両足で裾と腹を、首の真上で交差して突き立てられた剣に阻まれ、動きが取れなくなったウラを見下ろす。散々見上げていたニヤついた笑みは消え、悔しそうに顔を歪めていた。
「お前、この傷が醜いとか何とか言ったよな」
「それが、どうした!」
後から思い返せば、あの言葉が引き金だった。頬の傷はガキの頃に出来た物だ。でもそれを醜いなんて思った事は無い。寧ろこの傷が出来たからこそ今のオレがあるのだ。
この傷は、証だ。襲われる友達を守れず泣いていたガキを助けてくれたあの背中に追いつくと決めた、オレの覚悟の証だ。例え裏返しの存在だったとしても、この傷を無くていいなんて思う『オレ』に、剣を握る資格なんて無い。
見下ろしているオレの顔から滴り、ウラの右頬に落ちた赤い血がオレの傷と同じ弧を描く。だがきっとそれすらもコイツにとっては煩わしい物なのだろう。
手を交差させて柄を逆手に持つ。ウラが何か言おうとしているが、二の句を待たずに真横に振るった。見てくれさながら、ハサミで切断するように。
・イカルスの ハサミギロチン!▼
・切れる寸前で「あ、これは無理」とウラは消滅しました。
◎お借りしました:スフィアちゃん(@虹さん)