あんころもち

【 渡りに舟 】



ヘルフストゥでの任務が決まり、当日の演説が行われる会場の下見もそこそこに終えたのがつい十五分ほど前。
ひとまず入国した際に貰ったガイドマップを片手に街中の様子を見て回り始めて約五分ほどで大きな河に出た。マップ表記を見るに運河らしいその河沿いに多く立ち並ぶ店の中に
自分と同じマップを手にした観光客が吸い込まれていき、通りのベンチで地元民らしい老人が日光浴をし、河の方には渡し船や遊覧船らしい小舟が何艘か往来していた。
異界人も先住民も混ぜこぜなその風景は、プラハタハも似たような物だが此処は異界人の方が割合が多く見える。異界人たちが多く流れ込んでいるというのがよく理解出来た。



「おーい、そこのお兄さんたちー!」
若い女の声が聞こえた。その方に目をやると、運河の水上に浮かぶ小舟から手を振る、自分よりも少し年下くらい女の姿があった。
片手で手を振りもう一方の手で長い竹の櫂を持ち、編み笠を被ったスタイルから見るにどうやらその小舟の船頭らしく、こちらに呼びかけた彼女の表情は溌剌とした笑みを浮かべていた。
「お兄さんたち、自衛軍のヒトですよね?良かったらこの辺り案内しますよ」
ここに来るまでの間、自衛軍と分かるやいなやジロリと睨まれたり時には絡まれたりもした──当然ながら返り討ちにしてやった──道中だっただけに一瞬身構えたが、単なる営業だった。
「あー……じゃあ頼む」
「ありがとうございまーす!」
単に観光で散歩している訳ではないと断る事も出来たが、乗る事にした。土地勘をある程度つけておきたかったのと、国の現状について地元民の意見を聞きたかったからだ。
こちらが自衛軍と分かっていながら話しかけているのだから、少なくとも問い掛けられて口を閉ざすなんて事は無いだろう。
スッと柱にぶつける事も無く眼前の木の桟橋に寄せている辺り、船頭としての経験がどうやら長いらしい。
遠巻きに見えていた時は精々二、三人程度の小舟程度と思っていたが、実際間近で見るとそれなりの人数が乗り込めそうなサイズだった。
船尾に置かれた籠一杯の果物が少し気になったが言及するのはやめておく事にする。
「お待たせしましたー!こちらからゆっくり乗って下さいね」



竹の櫂を水底に突いては押し進め、突いては押し進め。それを繰り返しながら舟は小さく波立つ河を進んでいく。
いきいきと話す船頭の、あそこの魚料理が美味いとかそこの店の看板犬は芸達者だとか最近大きな頭の鮭がこの先の釣り場で目撃されているとか、役立つのか立たないのか
イマイチ判断しにくい観光ガイドを聞いていた。
一方で相棒と言えば、物珍しそうに移りゆく街の景色を眺めたりと河の水面を覗き込んだりと意外に楽しんでいる様子だった。
彼女から話を聞く限り、こちらに来る前は遊覧船なんて物とは縁遠い世界だったらしいし、演説の日が近づけばのんびり観光なんて言ってられなくなりそうな事を考えれば
これを楽しめているなら乗船を決めた側としては御の字だ。
時々、夢中になって舟の外へと身を乗り出しそうになれば黙って裾を引っ張って身体を寄せる事は忘れないようにした。

「そういえばお兄さんたち、やっぱり今度の演説ので来たんですか?」
「まあな。──お前はどう思ってんだ?今回のは」
あまり興味の無い話が続き、出そうになった欠伸を噛み殺した所で話題が変わった。否、自ら話題に飛び込んできてくれた。ならばこちらも本来の目的に頭を切り替えるだけだ。
「んーやっぱりそれ来ましたねその質問。ウチは正直どっちもどっち、って感じですね」
単刀直入な質問に対してアハハと明るく笑う声を聴いて、皆考える事はやはり同じらしいのが分かった。まあ馴染みの無い他国に来ているのだから出身者でない者にとって
基本の手段なのだから当然ではある。
だが彼女の答えの真意はまだ分からない。景色や水面に向けていた視線を船頭へと移した相棒と共に、舟を漕ぐ彼女に言葉の続きを促した。

 ──ウチ、異界人とのハーフで両親の出会いが自衛軍なんでどっちの意見も言いたい気持ちは分かるんです
 ──いきなり知らない土地に来ちゃって苦労したっていう話は父以外からのヒトたちからも沢山聞いてきたから、ちょっとぐらい良くしてよって多分ウチが
   そうなったとしても思いますし。でも、ずっとヘルフストゥで暮らしてきた自分たちに何も無いのはズルイ!って思う気持ちも分かるんです
 ──自衛軍の事を悪く言うヒトも居るけど、それだって多分いっぱいイヤな思いをさせられたからだろうし。でもそれをこの国でもしてたら同じ事の繰り返しで
   延々終わらないと思うんです。だからどっちもどっち、なんです
 ──ウチとしては正直、もっと穏やかにやってほしいなって。ギラギラした目の大人ばっかりだと小っちゃい子たちが可哀想だもん

そう言葉を締めた彼女の笑みは先程まで浮かべていたそれよりも翳りの有る物に見えた。きっと彼女と同じ意見を持つ者は、特に出生が同じような者たちは少なくないのだろう。
でもそれを彼女が明言しない以上、根拠の無い勘ぐりでしかない。深く追究せず、話してくれたことに礼を言うと運河を渡る橋が見えてきた。
「お兄さんたちの宿、この近くですよね?そろそろ降ります?」
「ん?ああ、そうするわ」
了解ですと返事をするとごく僅かな揺れと共に船首の向きが変わり、すぐ近くの桟橋へと寄って行く。舟に詳しい訳ではないが、彼女の腕が確かなのがよく分かった。
先に相棒を降ろし、自分も降り立つと、数十分ぶりの地面の感覚に思わず違和感を覚えた。
提示された運賃──相場価格から大差はないが、乗り心地を考えたら幾分良心的かもしれない──を支払うと、彼女の笑みは出会った当初と同じ溌剌さを取り戻していた。
「ありがとうございましたー!また来てくださいね!」

・見回りと情報収集と、ちゃっかり観光も兼ねて。
・大きな頭の鮭…一体何モン・ハウマッチなんだ……

◎お借りしました:スフィアちゃん(@虹さん)