【 -Ca 】
「つっかれたぁー!」
農家の警備を兼ねて農作業を手伝う事、約十時間。家畜達を小屋に入れ終えた所で夜警担当のペアと交代し、その家を後にした。
まだ慣れない事も多い農作業で凝り固まった筋肉を解すようにグッと伸びると肩甲骨か背骨か、とにかく何処かしらの骨たちがパキパキと音を鳴らした。
伸ばした腕の片方に持っているのは小さな紙袋が二つ。中には四つの瓶。その中で袋の揺れに呼応して
乳白色が小さく波立っている。
帰る時、農家の女将が日中手伝ってくれたお礼にと渡してくれた手土産だ。自分と相棒──スフィアと夜と朝に一本ずつという事らしい。
休憩時間にも一本貰ったが、濃厚な甘味があるのに後味がしつこくない。自分が必死に飲んでいた頃は近所で売られている安いものしか飲んでこなかったから、こんなにも味に違いがあるのかと驚いた。
しかしこんなに美味しくても骨に成長を齎してくれないのだから現実は残酷である。
「お腹、空きましたね」
「そりゃあんだけ一日動いてたらな。つかお前、マジで覚えてろよ」
空腹を呟いた相棒に同意を一つ、そして先刻起きた事──家畜小屋に戻す際、先導していたスフィアの旗振りと号令によりウールーの集団がイカルスに駆け寄り、持ち上げ、そしてそのまま小屋の中まで運ばれていった──を持ち出した。
生き物嫌いではないが、大量のウールーが目前に突撃してくるのはかなりの迫力だったし揉みくちゃにされたお陰であちこち毛玉だらけだ。
「さあ、何のことでしょう?」
してやったり顔でとぼけてみせる相棒に、さてどんな仕返しをしてやろうかと一歩前を歩き、件の旗を機嫌良く振るその背中を見つめながら思案する。
まず一つ目は油断している隙を狙って背後から泥団子を投げつける。しかし彼女の性格を踏まえると、その倍どころか三倍で返ってくるのは明白だ。なのでこの案は却下とする。
二つ目に、ベッドから追い出す。一人では寝付けないらしく毎晩布団の中に潜り込んでくるのだからきっと効果は期待出来るだろう。
だが、今回のそれは流石にそこまでの事をする程ではないし、仮にそうした事で寝不足などになったら今後の活動にも影響が出てくる。それは自衛軍として避けなければならない。つまりこの案も却下である。
(アイツがソフトクリーム舐めてる時に底からグッて押すか?いやでも食い物で遊ぶのは無しだろ……)
食べ物を取り扱った商売をしているからなのか何処の家もそうなのかは知らないが、幼い頃から食に関するマナーだけは厳しかった家庭で育った身としては、浮かんだ案を実行する気にはなれなかった。
あれこれ浮かんでは却下されていく作戦が積みあがってきた頃、道の端に見慣れた姿があることに気が付いた。
(何やってんだアイツ……)
「何やってんだお前」
元から気配には気付いていたようではあるが、特にこちらを見向きする事もなかった男──ハルトに話しかける。
当の本人は面倒な奴が来たとでも思っていそうな様子でチラリと目線だけを寄越した。目立って表情に変化は無い。
「見ての通りですが」
数本の木の枝を抱えている彼や食料が入ってるらしい袋などから見るに野営の支度中らしく、話しかけられた今も作業の真っ最中といった所だ。
ロート同様にブラウも宿泊代は支給されると聞いていたがこのペアは違うらしい。
というのも、ハルトの後ろに控えてこちらを窺っている彼の契約者は大きいのだ。特に腕が。それを考慮すれば野営はある意味必然なのかもしれない。
「相棒に風邪引かせんなよな。オレには関係無えけど」
「アナタもちゃんと寝間着はサイズ交換して貰うんですよ。Sに」
「誰がSだ!!オレはMだっつうの!!」
話している最中も作業の手を止めないのはどうでもいいが体格の事を持ち出してくるなら話は別だ。
感情に任せて兎に角怒りをぶつける自分とは対照的に、ハルトは一言を確実に切り込んでいく。そんな言い合いが例の如く始まった。
すっかりお馴染みとなったこの展開に、互いの相棒たちと言えば片やまた始まったと言った風に眺め、片や険悪なムードにオロオロし始めていた。
「あー、もういい!!声掛けたオレが馬鹿だった!お前だけ風邪引けバーカ!行くぞスフィア!!」
この会話はこれで終了だと踵を返し、宿への道に戻る。隣を歩く相棒がやれやれといった顔をしているように見えたのは気付いてない事にした。
「懲りねーですねえ」
「うっせえよ」
彼らの野営地から十数メートル程の距離を歩いたが、アイツはいつもいつもとこれまでの事までも思い返せば思い返す程、苛立ちとモヤモヤが心に募ってどうにもスッキリしない。
特に困った様子も無く、自発的に野営をしている彼らを自分が気にかける義理なんて無い。ただ、何か気になって仕方ない。
ウー、と小さく唸り声をあげながら手元を見れば農家で貰ったミルクの入った紙袋が二つ。それを見ると足を止め、眉間の皺を深くした険しい顔でどうしたものかと思案する。
「スフィア、ちょっとそこに居ろ」
一言を残し、振り返ればまだ視界の範囲内にいる男の元へ戻っていった。
「──今度は何ですか?」
もういいと言っておきながら間もなく戻ってきた相手に対し、掛ける言葉の中に面倒くさいというのが隠しきれていない。相変わらず顔色一つ変わっていないが。
「やる」
「は?」
「うるせえ!確かに渡したからな!」
手にしていた袋の一つを彼らの食糧袋の横に置く。
「──食い物粗末にしたら罰当たるからな!バーカバーカ!!」
要らないだの余計なお世話だのと言いかねない相手よりも先に、捨て台詞でも何でも思うがいいと半ば自棄っぱちに言い捨て、そのまま方向を変えて道の先で待たせている相棒の元へと駆け足で戻った。
「片方あげたんですね」
「うるせー、帰んぞ。腹減った」
フンッと鼻を鳴らし、紙袋を押し付けた一連を遠くから見ていた相棒の前を歩き始める。
どかどかと歩みを進めるその頭の中に、当初の『相棒への仕返し』などとっくに残っていなかった。
・カルシウム不足。
・「良かったらこれお裾分けです」が言えない。
◎お借りしました:スフィアちゃん(@虹さん)・ハルトさん(@るの人さん)・サグメさん(@雪莎さん)