あんころもち

【まだヒトにはならないで】



呪われてしまえ―― 貴女の言葉はとても重く、私を縛り付けている



「お盆ももう終わりねぇ~」
ビルの屋上に立てられた柵に腰を掛け、夕焼けに染まる夏の空に顔を向けると薄く輝くモノが昇っていくのが見えた。
盆の時期に、自身の親族たちの元へ下りてきた魂たちである。
それぞれ自身の骨が眠る墓や生家など、あちらこちら見て回ってきたのだろうその顔は充実したものであった。
「うふふ、皆嬉しそうねぇ~。楽しくお迎えして貰えたのねきっと」
淋自身それらと同じ存在の筈だが、死してなお、地に縛り付けられる呪いを持つ身の彼女は同じように昇る事が出来ない。

「――あら?」
ふと気付けば真黒の雨雲が押し寄せており、街を覆うとたちまち大粒の雨を降らせ始めた。
「あらあら大変。メグミちゃん、お願い」
雨足が強くなり始めると人魂の姿をした相棒、メグミを呼び寄せた。
「アタシに指図するんじゃないわよ!!ほんっと何処までも図々しい女ね!!!」
話し掛けた途端にキーキーと金切り声を上げながら、それは姿を赤い傘へと変化させた。
その様子を特に気に留める事もなく、傘となった相棒を開きそのまま雨の街中を楽しんでいた。
『まだ』実体を持っていない淋には傘を差す行動に意味はないのだが、こういうのは雰囲気を楽しむ事にしている。
相変わらず頭上ではメグミの声が聞こえているが、雨の音に紛れて特に気にはならなかった。
傘を差す人、少しでも濡れまいと走り出す人、雨宿りで店内へ駆け込む人――
会話出来る人が限られている淋にとって、動き出す街の光景を見るのは楽しみの一つなのである。
耳を澄ませば、決して遠くない距離でゴロゴロと雷の音が聞こえる。単なる夕立かと思いきや、どうやら長引きそうである。
そう思いながら、ふと街の一角に目をやると傘を差して歩く母子の姿が目に入った。
「お母さん、ぼくこわい……」
「大丈夫よ、もうすぐお家着くからね~」
雷の音に怯える子供は母の身体にしがみつくように歩き、母はそんな我が子を安心させるように子供の手を握り締めながら歩いていた。
(懐かしいわぁ。あの子も、雷あまり好きじゃなかったわねぇ)


「お母さん、カミナリさんこわいよぉ」
「あらあら、じゃあお母さんと一緒にいましょうね」
「お母さんはこわくないの?」
「お母さんはあなたがいるから怖くないわよ~」
「お母さんすごぉい!あのねぼくねぇ、ピカーッよりも、そのあとのゴロゴローッの方がこわいんだぁ」
「あら、じゃあお父さんとお揃いねぇ」
「お父さんもカミナリさんこわいの?」
「そうよ~。カミナリさんがゴロゴローって鳴ると、お父さんビクッてするから一緒に見てみましょっか」
「……やめてくれ」



「懐かしいわ~。この時期はお散歩するとよく雨に降られてたわねぇ~」
「ふん!アンタの思い出なんてどれもこれも自己満足にしか過ぎないのよ!!」
うふふ、と微笑みながら母子の様子を眺めていればそれが気に食わないメグミが反応し、罵倒し始める。
そしてそれを「そうねぇ」の一言で受け流す。それがいつもの会話であった。
「おーい!」
眺めていた母子と反対の方向から男性の声が聞こえ、そちらに視線を向ける。
「あ、お父さんだ!」
どうやら父親らしいその男性に駆け寄る子供と、その後を追う母。
親子三人が合流する様子が懐かしく思えた。遠く、幸せだったあの頃と重なって見えた。
(良いなあ……)
羨ましく思えた。思ってしまったのである。この身となってからずっと長い間保ち続けてきた心に一瞬の緩みが出てしまった。
「あら?羨ましいのぉ?」
顔こそ無いものの、ニタァと笑っているかの様なネットリとした声にハッとした。それと同時にしまったと思ったが、もう遅かった。
「羨ましい?羨ましいんでしょ?あそこの家族が羨ましいんでしょ!?そうよねぇ、いつかのアンタもああいう風に過ごした事があったんだものねえ!アッハハハハハハハハ!!!図々しい女!!人の幸せを羨んでるなんてとーっても無様!知らなかった?気付かなかった?本当のアンタはそういう、卑しくて醜くて無様で図々しくて惨めな女なのよ!!さっきもそう!昇っていった奴らを見上げてが羨んでたんでしょう?未練も何にも無いのに自分はここに残されているって言うのが嫌で嫌で仕方ないのよねえ?それなのに見ず知らずのやつらは満足気に去っていく!!それが恨めしいんでしょう!?」
メグミの言葉は止まらなかった。長年、どんなにどんなに罵り揺さぶり嘲っても隙一つ見せなかった淋の初めて見せた隙なのである。
逃す手は無いと、いつの間にか人魂の姿に戻っていたメグミは爛々と輝きながら言葉を紡いだ。
「いいのよぉ。どんどん恨んで妬んで羨んで頂戴?アンタがそう思えば思う程アンタは遠のくんだからぁ」
これまでと違う、何処となく含みのある言い方に違和感を覚え、それまで黙っていた淋は漸く口を開いた。
「どういう事、かしら?」
「どういう事?どういう事になってるかも気付いてないの?アハハハハ!!アンタって本当バカねぇ!誰に似ちゃったのかしら!いいえ、誰を似せちゃったのかしらぁ?」
その一言は今の淋の心を揺さぶるには充分だった。
「――何が、言いたいのかしら」
「ウフフフフ!!蛙の子は蛙よねぇ?アンタみたいなバカとあんなダメな男の間の子だもの。アンタが救いようもないバカならあのガキもどうしようもないバカって事になるのかしらぁ?」
高笑いを上げながらのその一言はトドメの言葉だった。これまで積もりに積もった、抑え込んできた感情を止めるだけの余裕が今の淋には無かった。
「――メグミちゃん」
メグミの高笑いを聞き終え口を開いた淋の表情は、笑みを消し瞳の奥底に黒々とした感情をチラつかせるその表情をメグミは長い間待ち望んでいたのである。
「黙って」
その一言は生前の頃を合わせて辿ったとしても見せた事があるかどうか分からぬ程に怒りの籠められた物だった。
「フフ、ウフフフフフ、フフフフフフアーーーーーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!ザマァみろ!!!!!!!!!!!」
高笑いを響かせながらメグミは姿を消した。その周辺を少しばかり眺めていると身体に違和感を覚えた。冷たい、と身体が感じているのだ。
そして足元に目をやると、そこにはある筈のない足が人間だった頃の自分の足がスカートの下から覗いていた。そこで漸く相棒の真意に気付いた。
ああやってこちらを煽る事で淋の呪いが進行するように仕向けた、つまりメグミにしてやられたのである。
「ふふふ……」
思う事は色々あったが、こうなった今となってはもうどうでも良いとすら思え、苦笑いしか出来なかった。
「そう――もう、時間ないのね……」
ポツリと呟いた言葉は、誰に届く間もなく雨音にかき消された。


・SSというか会話文と言うか。
・人魂元気すぎ。喋りすぎ。

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夜鷹