あんころもち

【奇跡にはしたくないできごと】



この世界に私は居る。
私を認識出来る人は多くなく、ましてや話し相手など両手の指で足りる程だけれども。

決して平和とは言えないこの街に私は居る。
もしも私の声が聞かせられたら、今目の前を歩いている、名前も知らない彼に気をつけてと言えるのかしら。
後ろから怖い顔をした男の人が貴方を追いかけていると、その手にナイフを握り締めていると、伝える事が出来たのかしら。
ああほら、もう数歩も無いくらいに近付いているわ。
「後ろっ!」
叫んでみてもその声は届かず、一拍置いて彼が痛みに呻いて道に倒れる。
男の方はそんな彼に見向きもせず走り出す。
私は男の後姿を見送るだけ。彼が苦しむ姿を見つめるだけ。
それしか出来ない。たったそれだけしか出来ない。
ゆっくりゆっくり、彼の声は小さくなる。男の姿はとうに見えない。
私は何もしてあげられない。何も出来ない。助けを呼ぶ事も、彼を労わる事も。何も出来ない。
これが、私の居る世界。これが私が見る事を許された世界。
この光景をもう何度見てきただろう。顔色一つ変えずに彼を見つめる私を傍らの人魂が罵り始める。
「人が死にそうだって言うのに随分と冷たいのね!普段はニコニコしてる癖に、アンタの本性は冷たくて残酷なのよ!この性悪!偽善者!」
「あらあら。メグミちゃんは今夜も元気ねえ」
彼女の、メグミちゃんの罵倒は今に始まった事じゃない。
いつだって言いたい事だけ言って消えるのだから、まともに取り合っては疲れるだけだ。
「死んで生き返ったってアンタみたいなろくでなし、何の役にも立ちゃしないのよ!
お綺麗なとこだけ人に見せようたってアタシは騙されないんだから!!」
「そうなの~。でもメグミちゃん、今はもう遅い時間よ?大きな声出したら近所迷惑になっちゃうわ」
あくまでも自分のペースを乱す事はしない。同じになってしまってはそれこそ終わらないのだから。
今日も私が取り乱す事がないと察した彼女はいつものようにヒステリックな声をあげてポン、と姿を消してしまった。

生を終え、死後の世界へ逝くはずが今なおここに居る事は奇跡と呼んでいいのか。
いや、こんなのは所詮『呪い』でしかないのだ。未練無く逝こうといた私を縛り付ける『呪い』なのだ。
未練を持ってしまったら、きっと、それこそ本当に……


・幽霊淋ちゃん通り魔を目撃するの巻。両方ともモブだけどね。
・通り魔目撃経験豊富。きっと。

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夜鷹