【 VS音羽! 】
【1】
ブキ高、グラウンド。
「うーん、何をどうしていようか」
心臓破りの階段に腰を掛け、顎に手を添えて利乃は悩んでいた。
部活に参加しようと各技場に向かったのだが、鍵当番の部員が何らかの用事で遅れるらしく、入れなかったのだ。
普段通り筋トレでもしていれば良いのかもしれないが、たまには筋トレ以外の運動をしなくては偏りが出てしまう。
だが何をすれば良いか、それを決めあぐねていた。
(補填するとしたら足--瞬発と加速か。となると走り込むしかないな……)
とはいえ、ただ長距離を走るのでは普段と変わらない。
先を走る相手との距離を一気に縮められるようなそんな加速力を身につけるにはどうしたら良いのだろうか。
「!! 音羽、丁度いい所に来たぞ!」
グラウンドを眺めながら考えていた利乃の視界に入ったのは羽織っている上着をはためかせているフロッグズ三年、音羽だった。
彼女の足の速さは知っていたし、その速さは利乃がたった今、悩んでいた事を解決するに値するものであった。
「え、あたし?」
「ああ、実はな……」
不意に声を掛けられ、少しキョトンとしている彼女にこれまでの経緯を話し始める。
「足の速さかあ、成る程ねー。うん、そういう事なら受けて立つよ!」
利乃の申し出を聞いてウンウンと頷く彼女は納得している顔をしていた。
「そう言ってくれると思った!じゃあ早速やろう!」
「いいよー。じゃ、あたしの10秒後にスタートって事で!」
言うが早いか、音羽はダッと駆け出していた。その背を見つめながら、利乃も口の中でカウントを始める。
数えている間にもドンドン音羽の背中は遠ざかっていく。
流石に速い。だが、だからこそ追いかけ甲斐があるというものだ。
「3、2――1!行くぞ!!」
気合を込めた一言と共にグラウンドを踏み切った。
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ただの走り込みである。
【2】
「んおおおおおおおお待てえええええええ!!!」
「あはは、鬼に待てって言われて待つ人はいないよー!」
今日も今日とて、利乃はグラウンドで音羽を相手に鬼ごっこと言う名のスピード強化のトレーニングをしていた。
自他共に認めるその逃げ足の早さに翻弄されっぱなしの利乃は未だ勝ち星をあげられていない。
「え、うわぁ!」
暫く走り回ったところで、空中からいきなり何かが音羽めがけて飛び込んで来た。
突然の出来事に不意を突かれた音羽は、思わずその場に尻餅をついてしまった。
「お、おい!大丈夫か!?」
「ビックリしたー!いきなり飛び込んで来るからさー」
音羽に駆け寄り、彼女の肩を支えるように手を添えると、長い睫毛をパチパチと上下させながら音羽は自分の腕の中に収まった物体を覗き込んだ。
「ってこれ、ズバット?」
「グンバイ!?」
音羽の腕の中に居たのは赤い軍配型の迷子札を首から提げた利乃の世話しているズバット、グンバイだった。
何で音羽に向かって飛び込んできたのか分からないが、その驚いた声で主人に気付いたグンバイは真正面から飛びついてきた。
「うっわ、グンバイ、分かった!分かったから一旦離れてくれ!前が見えないぞ!?」
「ウーン。--これはあたしの負けって事になるのかな?」
一頻り落ち着いた所で尻についた砂埃をパンパンと叩き落としながら立ち上がった音羽は、
恐らく先程肩を支えられた事を指しているらしく、そう言いながら利乃の方を見やった。
「いや、今回はグンバイが水をさしてしまったんだ。私の負けだよ」
連れてるポケモンの事は世話している者が始末をつけるのは極当たり前であり、利乃は何を躊躇うでもなくそれに倣った。
「そっか。じゃあ、また今度だね!」
「ああ、また頼むよ」
音羽は利乃の意思を汲み取ったらしくその言葉に反論することはなかった。
そして背筋をグッと伸ばすと、またねと言いながら手を振り、走り去っていった。
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今日の鬼ごっこは引き分けです。
・音羽さん(@NPC)と追いかけっこ!