【 VS犬飼! 】
【1】
「あでででで!おいこらてめぇいい加減にしやがれ!!」
「……」
体育館倉庫の前から聞こえてくるのは犬飼の苛立った、何処か苦しげな声だった。
そこでは犬飼が利乃に裸絞にされており、一方は苛立った表情でもう一方は無表情そのもの。
大抵の事は笑って流している利乃だが、今の利乃は普段とは違う。
普段笑みを浮かべている口元は真一文字に結ばれており、その表情は真顔でジッと犬飼を見据えており、
日頃から武道で鍛えているその腕で犬飼が落ちないように加減をしながらも、逃れられないように完全に首元を締め上げていた。
「お、おい聞いてんのか金城!」
「幾ら仲間とはいえ食の恨みは恐ろしいんだぞ?犬飼」
犬飼の言葉に利乃は漸く口を開いた。
だがその言葉は普段とは真逆の酷く冷静で、静かな怒りと恨みしか込められていないものだった。
「うるせえ!ンな事俺が知った事じゃ――」
「あれは!私が部活の後にと楽しみにしていた!肉巻きおにぎりだぞ!?」
犬飼の言葉を遮った言葉は先程とは打って変わって感情を爆発させた、
まさに怒声そのものであり、その目の奥にはメラメラと烈火のごとく燃える物があった。
事の発端は利乃が空手部の活動を終え、サブアリーナの方へ赴いたところから始まる。
運動部がまだ活動していたらその様子を見学するか、それか知り合いがいたら少し世間話でもと思い立ったのだ。
左手に提げているビニール袋には、部活後の軽食にと購買で購入した肉巻きおにぎり。
気付くと売り切れており、なかなか巡り合えなかったのだが漸く手にした機会であった。
わくわくとした気持ちで歩き、体育館倉庫のところに差しかかったところで目の前に何かが飛び込んできた。
「へ?うっわあ!」
利乃が気付いた時、既に視界の殆どを人の背面が埋めていた。
何とか直撃を避けようと無理矢理身体を捻ったが、やはり接触は避けられず相手の背中と利乃の左肩がぶつかった。
「あっぶなかったぁ、って、ああ!?」
たたらを踏んで尻餅は避けたところで、それまで左手にあった筈の重みが無い事に気付く。
慌てて周囲を見渡し、飛んできた生徒の背中の下に先程まで持っていたビニール袋を見るとすぐさま駆け寄り生徒を退かす。
「あ、に、肉巻き、私の、肉巻き……」
人間の下敷きになった握り飯は無残にもグチャグチャに潰れており、服の繊維なのか床の埃なのか、所々に付着物があった。
「けっ!出直してきやがれってんだ!」
愕然とした利乃の目に、この生徒を飛ばしてきた張本人、犬飼が向こうから歩いてきたのが見えた。
「それを!!知らないで済む訳無いだろうがあ!!!!」
そして話は今に戻る。
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食べ物の恨みは恐ろしいのです。
【2】
「よお、金城じゃねえか」
何の気なしにフラリと体育館へ立ち寄ってみると後ろから声を掛けられた。
振り返ってみればそこに居たのはサウリアの同級生、犬飼であった。
「この前は随分と派手に暴れたな」
この前とは体育祭での事だろう。彼も何処かであの騎馬戦を眺めていたらしい。
「まあな。あれ位しても罰は当たらんだろう?」
あっけらかんとした表情で言えば、犬飼は違いないと笑った。
「なあ金城。今ヒマか?」
「随分と唐突だな。ああ、暇だよ」
唐突な犬飼の申し出に思わず吹き出しそうになりながらも同意する。
実際、暇だからここにいるのだ。
「俺もヒマしてんだ。ちょっと手合わせしてくれよ」
利乃の返事に丁度いいと言った風の犬飼の申し出は少し意外であった。
硬派な面を持つ彼は女というものを何処か敬遠している風であったし、実際女生徒と話す場面はあまり見かけてこなかった。
だが、その彼の言う手合わせとは新入部員を気遣う手緩い突き合いではではなく、
本気のみを拳に込めた勝つか負けるかの、言わば殴り合いの一発勝負を意味している。
まさに利乃の一番好むそれを断る理由など持ち合わせては居なかったし、そのつもりもさらさら無い。
『売られた喧嘩は受けて勝つ』
それだけで充分であった利乃は、不敵な笑みを浮かべる犬飼と向かい合う。
「犬飼、足技だけで私に勝てると思うなよ?」
構えを取りながら、恐らく今回も得意の蹴り技を主に繰り出してくるだろう相手に挑戦的な言葉を投げ掛ける。
まばらに居た生徒達も二人の様子に気付き、何事かと丁度リングさながらに二人の周囲に集まってきた。
「はっ!それはやってみてから決めろ!」
周囲の視線に臆するでもない犬飼はそう言い切るが早いか、利乃に飛び掛かった。
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暇ならやりあうっきゃないよね。
・犬飼さん(@NPC)と勝負というかお手合わせ!