あんころもち

【 VS蝶子! 】


【1】


「複数で襲いかかるなんて、他の奴にはするなよ?」
ゴミ捨て場の前で自分の足元に寝転ぶ数人の男子生徒に言葉を掛けるも返事は無い。
先程まで口を開けば、ぶっ潰せだの何だのと息巻いていたのが嘘のようである。
「――何をしている」
その様子にやれやれと思いつつ、この人数をどう保健室に運ぶか思案を巡らせていると、
後ろから掛けられた声に振り返るとそこには見覚えのある、黒髪の女子生徒が立っていた。
「確か合気道部の――ああ、鱗翅だったか?」
武道系の部活には一通り顔を出している事もあり、下級生ながら彼女の事は実力と共に姓も記憶していた。
その姓を口にすると長い睫毛の生える青の目を細めてこの自分とその周囲を一瞥した。
「これは、貴方がしたのか?」
彼女の問いに言葉をどう返すべきか迷った。
先に勝負を仕掛けたのも、先に刃物を持ち出したのも、今利乃の足元で転がって伸びている5人だ。
「まあ、この勝負が私の勝ちって言う事に間違いは無いな」
しかし、あんなにも威勢の良かった5人をこうしてしまったのは間違いなく利乃自身である。
結果だけ見ればつまりそういう事になるだろうなと思い、そう答えると彼女は眉を顰めた。
「そうか。つまり貴方はこの学校の秩序を乱したという事だな?」
彼女の雰囲気と腰に提げている生徒会の腕章を見た時からある程度予想は出来ていたがやはりという展開になってきた。伊達に3年もこの抗争に身を投じていない。
「ああ、お前達の言う所ではそうなるだろうな」
2度目の問いに否定はせず、かといって逃げの策を考えはしなかった。
「ならば私は、貴方を抗争を起こした違反者として罰する」
彼女がそう告げながら、フォンッと片手に携えていた長物を構えると、口をニッと歪ませて同じように構えた。
「その構えを取ると言う事は、私と『勝負する』と捉えて良いんだな?」
今度は利乃の方から問い掛けた。彼女の実力は知っている。知っているからこそ、体中から込み上げるモノを抑えきれなかった。
「――貴方の言う所、そうなりますね」
「良し。それなら正々堂々いざ尋常に勝負だ、鱗翅!!」
言うが早いか、同時に踏み込んだ。


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まあこんな感じで勝負する事もあるだろうなあなんて。。




【2】


廊下に横たわり、動かない生徒は利乃が先ほど打ちのめした生徒。
保健室に連れて行くべきか迷ったが、こちらに近づいてくる足音に気づくとそれを通行人の邪魔にならないよう端に寄せた。
利乃の背後に聞こえていた足音が止むと、次に硬度を持った細い物が床を突く音がした。
「また貴様か」
「またお前か、鱗翅」 振り返るとそこには生徒会のりんし蝶子。以前会った時と何ら変わらないこの状況に呆れと苛立ちの色を見せている。
「私が言いたい事は分かるな?」
「秩序を乱す者には制裁を、ってところか?」
憮然とした面持ちで利乃を見るその様子も、以前とほぼ同じものだった。決して賢いとは言えない利乃でも、流石にそれくらいの察しはつく。
「良いだろう。今回も相手してやるぞ」
そう言いながらスッと型を構え、蝶子も同様に持っている長棒を構えると、
互いに間合いを取りながらジリジリと睨み合いを続けた。
「はあ!」
先手を取りに来たのは蝶子の方だった。身の丈程もある長棒を上手く操り、的確に突きを繰り出してきた。
「っ……」
躱し、時々は腕で受け止めながらその猛攻を凌ぐ。だからと言って押されてばかりの利乃ではなかった。
体格差を生かし、正拳突きに中段蹴りにと蝶子に負けずの反撃を繰り出す。
その攻防が続き、蝶子の一手を躱すために距離を取って間合いをはかった。
その時、ガシャーンとガラスの割れる音がした。その音に気を取られ、蝶子の見せた一瞬の隙を利乃は見逃さなかった。
一気に踏み込んで間合いを詰めると蝶子の細い腕と長棒を掴んだ。
「くっ…!」
蝶子の持ち手から程近い箇所の杖を左手で掴んで抑え、右の拳は彼女の喉元にピタリと当てていた。
以前に合気道部の見学をした際に見た程度のものだったが、運よく上手く決まったようだ。
「他所に気を取られるなんて、らしくないんじゃないのか?」
隙を見せないままに鱗翅を見下ろしながら口を開く。
遠くから聞こえたあの音はおそらく別の生徒同士が争っている際に窓ガラスが割れたのだろう。
裁くはずのカラーギャングに一本取られたからなのか、
武道を心得る者としてのそれなのかは分からないが、鱗翅は何も言わず、整った顔を悔しそうに歪ませていた。
恐らくはこのままの状況が続くだろうと判断した利乃は腕を降ろし、彼女から離れた。
「じゃあな。あ、あとそいつ等の事は任せたぞ」
すっかり忘れていた存在を思い出すと何も言わない彼女に一任し、利乃はそのまま振り返らずにその場を後にした。


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見様見真似で武器取りをしてみたら出来たの巻。


・蝶子さん(@NPC)と勝負!