【 超・直・感! 】
「……」
シャーペンを置き、椅子の背凭れに寄り掛かりながら天井を仰ぐ。
これまで休憩せず勉強し続けてきたが、身体中の筋肉が運動する事を求めていた。
思考回路はショートどころか完全に焼ききれているようにすら思えてきた。
そんな状態で目の前の問題に向かっても正解を導き出せる訳がなかった。
「利乃ちゃん先輩、ちょっと休憩してきた方が良いかもぉ。多分ねぇ」
目の前に座っていたのが後輩の多分木に変わっていた事にすら気付かずに勉強していた自分に対し、
あくまで正常な状態の利乃だった場合なら驚いたであろうが今の利乃は何も考えられなかった。
「そうだな……」
後輩の勧めに従い、少し外の空気でも吸いに行こうと立ち上がる。頭脳労働とはどうも昔から相性が悪い。
だが、人には得意不得意、向き不向きがあるのだから仕方の無い事ではないかとは、よく利乃が人に話す言葉であった。
ふらふらと一階へ下りる道を歩いていると、青い服の生徒が近づいてきた。
「ちょ、凄い顔になってるけど大丈夫?」
近づいてきたのは先の茶会で一瞬対峙した三年の福音だった。
「お前はこの間の…大丈夫だ問題ない」
「大丈夫ならいいけど…とりあえず赤の生徒を見逃すと俺も怒られちゃうんだよね」
自分自身、どんな表情になっているのか分かっていないが恐らく大丈夫だろうと答えると、福音は苦笑いを浮かべながら言った。
見逃すという言葉で、そういえば生徒名簿がどうとか縄張りがこうとかで今現在、戦争が勃発していた事を思い出す。
「なんだ喧嘩なら買うぞ」
「いや、俺喧嘩向きじゃないからね」
戦争が起きているこの状態でアジューテである彼がサウリアである利乃の前に立つという事は
つまりそういう事なのだろうと、言葉を返せばあっさりと否定された。
「赤の生徒を見つけたら問題出すから正解したら通す、外したら正解するまで俺と勉強って感じで足止めさせてもらってるんだ」
「勉強、だと……」
随分と爽やかに言ってはいるが、やはり喧嘩を売っているのだろうかと思わず勘繰ってしまう。
自分は今、勉強の休憩をするためにここにいるわけであり、勉強するためにここに立っている訳ではない。
一段低い声を漏らすと、再びの福音の苦笑い。
「とりあえず問題行くよー。 (x+5)2の展開として正しいものは次のうちどれでしょう?」
どうやら本当に喧嘩ではなく出題をしに現れたらしく、戦う気のない相手に拳を振るう訳にはいかない。
大人しく『てんかい』とは何だったか、まずそこから思考し始める。
福音が提示した答えは三つ。
x2+10x+25 、x2+5x+25、x2+5x+10、のどれからしい。
答えの数字を覚えていたら問題の数字を忘れてしまった事に気付いた。
それより、脳が数学的思考をする事に対して拒否反応を示してきた事の方が重大だ。
全ては自身の休息のために、目を閉じて回らない脳を無理矢理動かして考え始めた。
グルグルと頭の中を数字が何周かしたその時、頭の中に閃きが見えた。カッと目を開き、導き出した答えを告げる。
「2--いや、1だ!」
「正解。勘で答えたんだろうけど……」
その言葉を聞いただけでドッと疲れが出た。確かに勘ではあるが、何であろうと正解ならばそれで良い。
とにかくもう限界なのだ。早く外に出て、頭を休めたいのである。
渋々と道を開ける福音に対してまともに挨拶もせず、そのまま歩みを再開する。
フラフラとした足取りで歩いていると、後ろから声を掛けられた気がしたが頭に入ってくる事はなかった。
・数学問題してました。直感での正解は諸刃の剣。
お借りしました:福音くん(@李空さん)