あんころもち

【 お、り、は! 】



中庭の方から空気を裂く音が、まるで本当の戦場のように鳴り響いている。
茶会の中心地から離れた所に立っていた利乃の位置から大分距離が離れているのにも拘わらず、
声がハッキリと聞こえているのは拡声機を使ってるからなのだろう。
(あいつらは相変わらず派手だなあ。怪我人が出ないと良いんだが……)
聞こえてくる声、そしてこれ程の派手な暴れようを考慮すれば首謀者はどう考えてもサバゲー部の面々だろう。
「となると、やっぱり見に行った方が良さそうだな」
護衛の対象であるフロッグズに限らず、所属も学年も問わず怪我人は出ないに限る。
そうなればのんびりとしてはいられない。ダッと中心地に向かって走り始めた。

その途中、視界の端で捉えた戦闘の光景に足を止めた。
立っている男子生徒が一人、その足元に倒れているのが三人。その内の二人は同じサウリアの者だった。
そうなれば立っているのはアジューテかツェクンか。どちらにしても仲間がやられているのであれば見過ごす事は出来なかった。
「おい、大丈夫か?」
倒れている顔見知りに駆け寄って声を掛ける。痛みに呻いているが思ったよりは軽傷のようであった。
「立てるか?立てるなら早く保健室に行ってこい」
そう言いながら立ち上がらせて行動を促し、三人が節々を擦りながら保健室の方へと向かって行くのを見送ると三人を倒したらしい男子の方へ顔を向けた。
その生徒の顔を近くでまじまじと見てみると、その顔には見覚えがあった。
「お前は確かさっき、羽生音に呼ばれていた――オリバー、だったか?」 拡声機から聞こえてきた名前は確かそんな名前だった気がした。
あだ名かもしれないが、本名が分からなかったし何より初対面の相手だった。
「だから誰だよそれ!!」
どうやら違ったらしく、苛立ちを露わにした彼は蹴り技を繰り出してきた。
空手の経験者らしく型に沿った蹴り技だったが、少々の崩れを見るに今は空手から離れているのだろう。
「2度とその名前で呼ばないでよ!?!?」
その蹴りを受け流し、少しの間合いを取ったところで彼に言われた。
「オリバーじゃないなら名前を聞かせてくれ。赤以外の二年の名前までは覚えてない!」
呼ぶなと言われてもそれしか情報が無いだけであって、それは単なる不可抗力である。
だがしかし、それ以外の呼び名が分からないのであれば、真正直に尋ねるしかなかった。
「折羽。梔子折羽だよ。覚えました?」
ハア、と溜息を一つ吐いたところで答えを貰った。
折羽だからオリバー、というネーミングに少し納得したのは黙っておいた方が良さそうである。
「成る程、折羽っていうのか!覚えたから安心しろ折羽!」
そう答えたところで彼の表情が少し和らいだ気がする。
「さて折羽。私はツェクン派を阻止せねばならないんだが、どうやらお前はそっちの派閥らしいな」
「まあ、一応所属はツェクンだけど?」
単刀直入に本題に入ると想定内の答えが返ってきた。ならば、やる事は一つだ。
「そうか。なら、さっき負けてた奴らの分まで戦わせて貰おうか」
「あっそう。あんたの好きにすれば?」
そう言いながら構えると相手も同じように身構えた。

振り上げられる脚を受け流し、躱し、そして制する。
「っ、らぁ!」
何度かその繰り返しをしたところで、折羽が体勢を捻り、上段回し蹴りを繰り出してきた。どうやらこの打ち合いを終わりにしたいらしい。
それに応じるように利乃は素早くしゃがみ込むと一気に折羽の懐に踏み込む。
「筋は良いが、ガラ空きだ」
その言葉が彼に聞こえていたかは分からないが、体勢を元に戻すのに合わせて彼の鳩尾に、
吐き出さない程度の掌底を打ち込んだ。
瞬間的に走った痛みに呻きながらよろめく体を掴んだまま背後に回るとそのまま首に腕を回して動きを封じた。
「さて、どうする?お前がこの後大人しくしてくれるなら終わりになるぞ」
逃げ出せはしないが落ちる程ではない加減でホールドしたまま折羽に問い掛けた。
「あーギブギブ、もう何もしませんって!」
状況的に諦めたらしい折羽の口から出たのは降参の言葉だった。
それを聞くと利乃はパッと腕を離して彼を解放する。
「そうか!なら安心だな!」
解放され、首元を軽く摩る折羽を見て利乃はポケットから小さな金平糖が4,5個入った小袋を一つ取り出すとそれを彼に渡した。
「悪かったな。今回はそれで勘弁してくれ!」
そう言うと、小袋を手に乗せたままの折羽の返事を待つ事もなくその場を走り去った。

・No,オリバー Yes,折羽、利乃覚えました。

お借りしました:折羽くん(@雀蜂さん)